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アメリカと日本

移民国家アメリカが移民を拒否したとき、何が起こるのか?

2018年7月12日

「丘の上の町」をめざした、アメリカ最初期の理念

テレビをつけたまま本を読んでいたら、「アメリカは元々移民の国なのに、移民を拒否してよいのか?」という話が聞こえてきた。識者が語っているのではなく、ごく普通の出席者が会話をしている感じだった。気持ちはわかる。今回は、この件について考えてみよう。

たしかにアメリカは移民の国である。その歴史は、1620年、ピューリタン(清教徒)たちがメイフラワー号に乗り、海を越えて入植したことに始まる。彼らはプロテスタントの一派で、イギリス国教会の改革を訴えて弾圧され、思い切って新大陸へ渡ったのだ。そして、東海岸のプリマス・ロックにたどり着いた。彼らをピルグリム・ファーザーズ(巡礼始祖)という。

10年後の1630年、やはりイングランド東部の封建領主、ジョン・ウィンスロップが、100人ほどの配下を連れてやってきた。彼らも熱心なピューリタンである。 プロテスタントは教会を通さずに、聖書を通じて神と直接つながろうとする。その分、カトリックより主張が過激になる。ドイツのルターやフランスのカルバンが「免罪符」を売って儲けていた教会を痛烈に批判したことは、学校の歴史で習った通り。
ウィンスロップは「悔い改めない腐敗した宗教」であるイギリス国教会と対立し、清らかな国を建設するためにアメリカへ渡った。

ウィンスロップは、船の中で自分の理想を語った。
We shall be as a City upon a Hill, the eies of all people are upon us.(我々は、すべての人々の目が注がれる丘の上の町とならなければならない。)というもので、それは「丘の上の町」の演説として、アメリカ史に残っている。
これがアメリカの国家成立の思想の中核である。だからこそ、良くも悪くも、彼らは他国の手本であろうとし、「世界の警察官」として、中東やアフリカ、アジアなどあちこちの問題に首を突っ込むのである。

一方で、神と人が直結していることから、「自分のことは自分が責任を持つ」という個人主義が強まった。この個人主義が転じて、「他国のことはその国に任せて、関知しない」という孤立主義も芽生えた。これはのちに第5代大統領ジェームズ・モンローがアメリカとヨーロッパの相互不干渉を主張したモンロー主義となった。この孤立主義の根底には、「丘の上の町であるために孤立する」という矜持がある。

アメリカは他国に首を突っ込むお節介さとともに、各国のことは各国の責任として関わらない二面を持っている。これは戦略上そうするのではなく、国の根源的なあり方である。
アメリカ外交は「介入するぞ」と「関知しない(孤立主義)」の両極端の、どちらにでも振れるのだ。


「独立」を戦い取ったワシントンが遺した孤立主義の理想

時代が進むにつれて、東海岸には同じような町があちこちにできて、それが州となっていった。ウィンスロップはイギリスを去るにあたって「イギリスはアメリカに介入しない」という約束を取りつけていたが、開発が進むと、「介入しない」と約束したはずのイギリスが、「守ってやるから税金をよこせ」と言って、介入してくるようになった。
これに対抗してワシントンやジェファーソンは独立戦争を起こし、勝利を収め、1776年、独立宣言を発する。
独立宣言では民主主義や人権、法の支配といった近代民主主義国家の理想がうたわれ、「清らかな国をつくる」とする初期のピューリタン色は薄まっている。

※薄まってはいるが、消えてしまったわけではない。プロテスタントは今でも大きな力を持っている。ただし、その中にはエピスコパリアンやプレスビテリアンなどの「上流会派」もあれば、バプティストに代表される「一般会派」もある。カトリックは差別されている。日本ではカトリックの方がキリスト教の「本家」といイメージがあるが、アメリカではプロテスタントが圧倒的に強い。「自由で平等な国」とされるアメリカだが、現実には宗教が生んだ階層が存在している。

ワシントンは引退にあたって、「我々が神の加護によって地上に築いた別天地を守り抜くことが、一番大切な使命であり、そのためには外国の戦争や外交、同盟などには一切関与しないことが重要だ」という教訓を遺した。
これは「丘の上の町を守るために、他国のいさかいなどに関わるな」と言っているのであって、根底にあるものはウィンスロップ以来の理想主義と矜持である。


アメリカ全土で進んだ多人種化

1800年代半ば、アメリカの開拓者はついに西海岸へ到達し、インディアンを囲い込み、1861年〜1865年の南北戦争で、小国家のようになっていた州がまとまり、現代のローマ帝国と言えるアメリカが築かれていった。
未来に希望が感じられる時代であり、「誰にでも成功するチャンスがある」とするアメリカン・ドリームが生まれ、世界中から多くの移民がやってきた。移民は、希望あふれるアメリカという国に、自分の未来を掛けたのだ。

その頃は国にも余裕があったし、人にも余裕があった。ジャーナリストの落合信彦氏は『アメリカよ! あめりかよ!』の中で、貧しかった頃、留学先の大学へ行くためにヒッチハイクをしたら、トラックの運ちゃんがポケットから札を何枚か取り出して、恵んでくれた思い出を語っている。
しかし、この明るい時代はケネディ暗殺の頃で終わる。

そして、この半世紀、かつてないペースで多人種化が進んだ。アメリカで核となってきたのは白人層であるが、高齢化が進み、若い世代ほど白人以外の人種が多く、世代によって人種構成が異なるという状況が生まれている。
2040年過ぎには白人が半数を切り、「マジョリティ・マイノリティ」になると予測されている。

アメリカの人種割合の推移 アメリカの人種割合の推移 アメリカの人種割合の推移

アメリカは「丘の上の町」を思い出せ!

アメリカは多くの大統領を生んだが、トランプが一風変わった人物であることに異論を挟む人はいないだろう。しかし、多くの国民、とくに白人中間層の本音を代弁しているからこそ大統領になれたことも、もう理解されているだろう。

そんなトランプは、2017年1月、中東・北アフリカ7ヶ国の国民について、90日間入国を禁止する大統領令を出した。また、大統領選ではメキシコとの間に壁をつくることを公約とし、今でもその実現にこだわっている。
ただし、トランプは不法移民やテロリスト流入を警戒しているのであって、通常の移民を拒否しているのではない。

ここでひとつクエスチョンだ。このようなトランプの姿勢と、かつてのワシントンやモンローの孤立主義は、同じだろうか? 違うだろうか?
答えは「No」。ワシントンやモンローの言葉の背後にあるものは理想や矜持であるが、トランプの背後にあるものは単なるエゴイズムである。

冒頭の「移民国家アメリカが移民を拒否したとき、何が起こるのか?」という問い自体は、通常の移民を拒否しているわけではないので、当たっていない。しかし、これは広い意味で「建国の志に反したことを続けていいのか?」、あるいは「核となってきた白人の割合が減る中で、これ以上の移民の受け入れは、是か非か?」という気持ちで発せられたものだろう。
そういう意味なら、「移民国家が移民国家であることを否定し、国家としての凝集力を失えば、雲散霧消していくことになるだろう」と回答できる。

もちろん、ヒスパニックの割合が増え、白人が「マジョリティ・マイノリティ」となっても、アメリカの広い土地に人間は生き続けるだろう。しかし、イギリスのように地域に根ざした民族がいて、憲法を生んだ立派な歴史がある国でさえ、サッチャーが登場する前には行政が機能不全に陥り、ゴミが2階まで積み上がっていた、まして、アメリカのような人工国家で、武器が野放しの国の場合、一度無政府状態になれば、全土がスラム化するかもしれない。

トランプの右往左往は、一歩間違えればそういった未来が待っていることへの危機感から来るのだろう。ここにはもはや、「丘の上の町」の理想はない。大国の誇りをかなぐり捨て、「もう余裕がない。もう余裕がないのだ!」と叫ぶ痛切さが伝わってくる。

現実を直視し、削れるコストを削って、収益を増やしていこうとするトランプの姿勢は、斜陽の大企業を立て直そうする経営者として評価できる。今のアメリカを放っておけば、シャープや東芝のようになってしまう。ダメなものはダメと言うのも、確かに指導者の役割だ。ダメなものはダメだと言えない人物よりはずっとよく、トランプは決して悪い大統領ではない、と思う。

ただし、国民に希望や理想を持たせるのも指導者の役割だ。理想を捨てたら、国は国でなくなってしまう。とくに、アメリカのような人工国家では…。
アメリカは、We shall be as a City upon a Hill, the eies of all people are upon us.(我々は、すべての人々の目が注がれる丘の上の町とならなければならない。)というウィンスロップの言葉を思い出すべきだろう。

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著者 著者

【著者】
広沢 大之助

出版業界でおもに社会科の本の編集にかかわってきました。全国の中学校の授業で使う公民・地理・歴史の資料集や参考書、その他多くの書籍をつくっています。
「国民のための社会科」では、眼光紙背の精神で、政治経済・社会問題・産業などについて、くわしく、わかりやすく解説していきたいと思っています。
プロフィール

【アメリカと日本】

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