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アメリカと日本

新興国中国と覇権国アメリカが衝突〜「トゥキディデスの罠」より危険なものは米中の取引

2018年5月30日

覇権国のGDPの半分までくると、新興国は挑戦したくなる。

米朝首脳会談が延期されたり、再調整されたりして動いている。最初に延期の原因になったのは、中国による関与だ。北朝鮮の背後には、中国がいる。これは人類史上、数限りなく繰り返されてきた「新興国の覇権国への挑戦」にほかならない。 新興国と覇権国については、さまざまな学者が考察を重ねてきている。今回はそれをベースに考えてみよう。

新興国は、どの段階で覇権国に挑戦したくなるのか?

政治学者の川島博之氏(東京大学准教授)は、『データで読み解く中国の未来』(東洋経済新報社)の中で、イギリスの歴史学者アンガス・マディソンの研究をもとに、ドイツはどうであったかを考察している。アンガス・マディソンは1820年から1992年までのヨーロッパの主要国のGDPを研究し、それに基づくと、ドイツはライバル国のフランスを抜いたと思ったときに、フランス・イギリスとの戦いに踏み切ったという。これが第一次世界大戦だ。

第1次世界大戦の関係国のGDP

さらに、第一次世界大戦の敗北後、ドイツ経済は破綻の危機に沈んだが、ナチスドイツは立て直しに成功してGDPは再び上昇。またもや国際秩序に挑戦した。勢いづくと覇権国に挑戦するのは、人類の性であるようだ。

第1次および第2次世界大戦の関係国のGDP 第2次および第2次世界大戦の関係国のGDP 第2次世界大戦の関係国のGDP

川島氏はこうした一連のデータを基に中国について考察し、「GDPが相手の半分程度になると、対等になったと思い始めて、急に強気になる。そして、ドイツがそうであったように過度に好戦的になる。」(前掲書 p.283)と警告を発している。

ちなみに、中国の李克強首相は、5月初めに来日した際、「中国の経済力は、今や日本を完全に抜いた」と語った。何を見て、どういう文脈で語ったのかはわからないが、江戸時代初期に清が建国されて満州族の支配下に入り、近代は欧米や日本の侵攻を受け、その後も貧困にあえいできた漢民族の劣等感解消のようなものは感じる。この不吉な一致は指摘しておきたい。

第1次世界大戦の関係国のGDPなお、中国のGDPについては、川島氏は2025年頃、中国に並ぶとしている。確かにまだ伸び代はあるだろうが、中国がアメリカを抜く日は来ない〜習近平独裁政権の前に立ちはだかる苦難で書いたように、最近は伸び率が急激に鈍化して赤ランプが点きっぱなしとなっており、「アメリカに並ぶところまでは行かない」という見方が強くなっている。
とは言え、誇大妄想が止むには、今後、高齢化が進んで、経済が落ち着くのを待たなくてはならないだろう。

アメリカvs中国の背後にある「トゥキディデスの罠」

では、中国とアメリカの間で、実際に戦争が起きる確率はどのくらいなのだろうか?

この件については、「トゥキディデスの罠」が参考になる。トゥキディデスとは、古代ギリシャの都市アテネの歴史学者である。トゥキュディデスとも表記する。
トゥキディデスは新興国アテネと覇権国スパルタの緊張関係を考察して、「新興国が覇権国に挑戦するとき、高い確率で戦争が起きる」という法則性を導き出した。それを現代アメリカの政治学者グレアム・アリソンが取り上げ、一般に知られるようになった。

なかなか本質的なところを突いており、日本でも国際政治や軍事を語るキーワードとして定着しつつある。私も何年か前に雑誌で知り、トゥキディデスを「東京です」と憶えて使っている。
※トゥキディデスに関しては、次のような参考文献がある。
『米中戦争前夜―新旧大国を衝突させる歴史の法則と回避のシナリオ』(グレアム・アリソン/ダイヤモンド社)
『戦史』上中下(トゥーキュディデース/岩波文庫)

グレアム・アリソンによると、過去500年の間に既存の覇権勢力に新興国が挑戦した例は全部で16回あり、そのうちの12回で戦争になった、という。実に75%の確率だ。

過去500年の新興国と覇権国の対立と結果

順番 時期 新興国 覇権国 結果
16世紀前半 ハプスブルク帝国 フランス 戦争
16〜17世紀 オスマン帝国 ハプスブルク帝国 戦争
17世紀 スウェーデン ハプスブルグ帝国 戦争
17世紀 イングランド オランダ共和国 戦争
17世紀末〜18世紀初め グレートブリテン王国 フランス 戦争
18世紀末〜19世紀初め フランス イギリス 戦争
19世紀半ば ロシア イギリス・フランス 戦争
19世紀 ドイツ フランス 戦争
19世紀末〜20世紀初め 日本 ロシア・清 戦争
10 20世紀初め アメリカ イギリス 回避
11 20世紀初め ドイツ イギリス・フランス・ロシア 戦争
12 20世紀半ば ドイツ イギリス・フランス・ソ連 戦争
13 20世紀半ば 日本 アメリカ 戦争
14 1970年代〜80年代 日本 ソ連 回避
15 1940年代〜80年代 ソ連 アメリカ 回避
16 1990年代〜現在 ドイツ イギリス・フランス 回避
トキュディデスの罠、年表

(グレアム・アリソンによる。)

戦争を望む国は、世界のどこにもない。しかし、自国が安全保障を強化すると、相手国は恐怖をかき立てられて安全保障を強化する。結果として、些細なことをきっかけに戦争が勃発してしてしまう。

中国とアメリカが戦争をするわけがないというのがまず妥当な見方だが、歴史を見ていくと、妥当な判断を超えて戦争は起きている。
たとえば、グレアム・アリソンは「第一次世界大戦の前にはノーマン・エンジェルが『大いなる幻想』で、国々は経済的に相互依存しており、戦勝国は勝利によって手にするものより多くのものを失う。ゆえに戦争は起きないとしてベストセラーになったが、はずれた」と指摘している。

妥当な判断にもかかわらず戦争の勃発を防げなかったのは、トゥキディデスによれば、第3者の行動が大きな影響を及ぼすからである。
対立する新興国と覇権国は、第3者の起こす事故に敏感になる。そして、些細な出来事に反応し、相手もさらに反応する。この悪循環が、誰も望まない戦争へと発展していく。

アメリカと中国の場合、「第3者」としては、北朝鮮や尖閣諸島、台湾などが考えられる。

北朝鮮の場合、金正恩体制が不測の事態で倒れたときが危ないかもしれない。急いで核兵器や機密文書を押さえる必要が発生するからだ。米中がともに軍を進めれば、当然、衝突する。

尖閣諸島の場合、中国が尖閣を奪い、日本は奪回作戦に出て、アメリカ軍は中国本土を叩き、さらにマレーシアとインドネシアの間のマラッカ海峡を封鎖することなどが予想される。この場合、中国は与那国島や石垣島を足場にして第1列島線を越えようとして、そこで戦争が起きる。というような可能性が考えられる。

台湾の場合、基本的にトランプは台湾を切って中国を選ぶだろうが、交渉術として台湾を選ぶフリをしたときに、中国軍(人民解放軍)の誰かが暴発するといったこともあり得なくはない。

「トゥキディデスの罠」より危険なものは、米中の取引。

「トゥキディデスの罠」は、面白いユニークな視点だ。しかし、短所もある。それは、つい新興国と覇権国は常に対立関係にあると決めつけてしまいがちになってしまうことだ。
アメリカと中国が対立しているのは事実だが、物事はもう少し多角的に見る必要がある。

かつてニクソンやレーガンは、ソ連と対峙した時代、中国に大きな経済支援を行い、武器の高度技術も流していた。それはソ連を封じ込めるための戦略であったが、今日の中国の強大化の一因ともなった。ニクソンは、晩年、「私たちはフランケンシュタインをつくり出してしまった」と述懐していたという。

中国の強大化を阻止するのは、今となっては難しい。ゆえにトランプが米中会談で、何らかの取引をしている可能性がある。
トランプの頭の中にあるのは、斜陽の大国アメリカの切り盛りだけだ。鋭いセンスの持ち主だが、鋭いだけに、現実に対応して簡単に倫理を捨て、南シナ海や尖閣を取引材料にする怖れもある。そもそも、外交と経済は分けて考えられるものではない。

実際、2017年3月、ティラーソン国務長官(当時)が王毅外相に北朝鮮問題で協力を求めた際、「米中両国はお互いに対立せず、立場を認め合い、Win-Winの関係を築くことが重要だ」と語ったことがある。
この発言は、「太平洋は十分に大きく、米中両国を受け入れることができる」とする中国の主張とイコールだ。
ティラーソンは外交や金融の見識も深く、鋭角的な人柄でもなく、彼個人の意見としてこのような見解を語ったとは思われない。つまり、当時のトランプ政権が中国とうかつに取引をし、取り込まれそうになっていた可能性が高い。
(ティラーソン発言について過去記事を確認していたら、Wikipediaのティラーソンのページにも載っていた。このようなものにまで載っているとは、多くの観測筋を驚かせた名残だろう。)

米中の旗 米中の旗 米中の旗

日本はアメリカの取引を監視せよ!

このように中国に取り込まれかけたトランプ政権ではあったが、昨年11月9日の米中首脳会談では、習近平が「太平洋は十分に大きく、米中両国を受け入れることができる」と提案したのに対し、トランプは「アメリカは引き続き、経済の自由、個人の権利、法の支配を発展させる改革を提唱し続けていく」と応じた。これは強引な海洋進出を続ける中国に対して、「そうはさせない」とアメリカの意思を示し、ブレを正した形になった。

また、トランプは、北朝鮮とやり合うにあたって、国務長官をティラーソンからポンペオに交代させた。ポンペオは、対北朝鮮・対中強硬派とされる。ただし、ティラーソンにもポンペオにも、オバマ政権におけるヒラリー・クリントンやブッシュ政権(子)におけるコリン・パウエルのような存在感はない。それは、トランプが外交を重視していないためだ。北朝鮮との調整も、外交を受け持つ国務省ではなく、CIAに託している。

※国務長官はアメリカ外交を担う重要ポストである。中年以上の世代の方には、父ブッシュの補佐役を務めたジェームズ・ベイカーのように、大統領以上の存在感を発揮した人も記憶にあるだろう。しかし、トランプ政権では影が薄い。トランプは国務省の予算を削り、北朝鮮交渉でも実務を担う次官補は空席のまま、次官補代行が代わりを務めている。
ちなみにニクソン政権の国務長官を務め、今でもアメリカ外交最大の頭脳として評価の高いキッシンジャーは、「創造的な政策立案には独自の道が求められる」として、トランプが特異な外交に打って出ることは予測していたそうである。(毎日新聞 2018.05.01 「激動の半島情勢:ポスト南北首脳会談/下」)
ただ、国務省の代わりにCIAを使うにしても、会談後の詰めのような事務レベルでは、やはり国務省の働きは欠かせない。ポンペオは空席の高官を選び、改革を進めるとしている。

トランプの外交軽視は軍事重視と裏表になっている。それが北朝鮮相手に成果に結びつきつつあるのは事実である。しかし、本当の問題は最初に言ったように、北朝鮮より中国だ。

外交より軍事という姿勢は、中国を相手にしても有効かもしれない。
今、中国では習近平による独裁が進んでいるが、いくら何でも今のような政権が永続的に続くとは考えにくい。先に書いたようにGDP伸び率は鈍化しており、今後は高齢化に苦しむことになる。2030年頃には、共産党が倒れるなり、大きな体制変革が行われるなり、ひと段落は着くと思う。習近平は最後の独裁者になるだろう。その頃をさしあたりの目標として、東シナ海や南シナ海でのアメリカの武力展開を支援し、そして、当然のことながら日本の武装も強化して中国に対抗しなければならない。

日本にとって、何よりも危険なものは米中の取引だ。これはアジアの運命を狂わせる「喉笛」のようなものである。日本は、トランプ政権が中国の言う「新大国関係」の誘いに乗らないように注視し、繰り返し、「取引は危険だ」と言い続けなければならない。

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著者 著者

【著者】
広沢 大之助

出版業界でおもに社会科の本の編集にかかわってきました。全国の中学校の授業で使う公民・地理・歴史の資料集や参考書、その他多くの書籍をつくっています。
「国民のための社会科」では、眼光紙背の精神で、政治経済・社会問題・産業などについて、くわしく、わかりやすく解説していきたいと思っています。
プロフィール

【アメリカと日本】

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