国民のための社会科

日本の文化と地理

雑煮と日本文化、地理と歴史のおもしろトラベル

2018年1月1日

雑煮は、どのようにして誕生したのか?

政治経済がメインのこのサイトだが、正月なので、日本の文化に関する話題で行ってみよう。
今回のテーマは「雑煮」である。

雑煮は、神様にお供えした品々のお下がりを人間が頂く習慣から生まれた。下がりものには神様の力が宿っていると、考えられたのだ。宮中の祭祀に関わってきた鈴鹿家の「鈴鹿家記」貞治3(1364)年正月の項に、「雑煮御酒被下」「雑煮晩食」「雑煮出」と書かれているのが、雑煮という言葉が出てくる最初だという。
室町幕府の第2代将軍・足利義詮(よしあきら)の時代である。
文献に出てくる最初ということだから、鎌倉時代か、もしかしたら平安時代後期くらいから食べられていたのかもしれない。その辺のことは不明だが、この頃には鉄鍋が普及した時代背景もあって、貴族や武士の間で正月に雑煮を食べるようになったようだ。
その際、神様の下がりものを何でもかんでも混ぜて煮たので、「雑煮」という言葉が生まれたのかと思われる。
ただし、このような定説とは別に、雑煮という用語は、案外新しく江戸時代に生まれたという説もある。

いずれにせよ、雑煮はやがて庶民の間にも普及して、江戸時代の元禄期以降に定着した。その頃には、正月にお供えを飾って歳神様を迎える習慣ができていたようだ。具材は、基本的に「地のもの」である。例外的に塩漬けや日干しなどによって保存性を高めた食材がハレの日を飾ることもあったとしても、交通が発達していない時代のことだから、近くの海や山、裏の畑で採れたものが、その地域の「味」となったわけだ。
海岸部ではハバノリや岩ノリ、山間部では栃餅やきのこ、くるみ、山菜などを使う風習は、今でも残っている。
私たちが、今日食べている雑煮はその伝統を引くものであるが、地方により、家庭により、バリエーションは驚くほどさまざまである。

さて、私は社会科の編集者で、政治経済系の本がメインだが地理の仕事もある。
最近、雑煮について書いたので、撮った写真の1番よいものは本に載せるが、下がりものというか、お残りをちょっと使って紹介しよう。
おもに『お雑煮100選』(文化庁編著・女子栄養大学出版部)を参考として、私が自分で調理して撮影したものである。

全国の雑煮、代表8選

北海道

北海道の雑煮 北海道の雑煮 北海道の雑煮

まずは北海道の雑煮だ。写真は、鮭を酒粕と味噌で煮た粕汁を、雑煮に仕立てたものである。
北海道の場合、明治時代に以降に開拓団に参加した人々の子孫が多いので、各家庭ごとに先祖の味を受け継いでいる。しかし、粕汁タイプの雑煮はほかの地方では見かけないし、先祖から受け継いだ味というよりは、川に鮭が上ってくる地域や近くの海で鮭が獲れる地域の開拓民が「地のもの」を材料にして考案したと思われる。

仙台

仙台の雑煮 仙台の雑煮 仙台の雑煮

次は宮城県の雑煮。仙台周辺では焼いたハゼから出汁を取り、そのハゼも食べる。白身であっさりとしている。今は鶏肉を入れる家庭が多く、この場合は鶏肉のコクが加わる。
野菜はダイコン、ニンジン、ゴボウを細切りにした。これは「引き菜」というらしい。私の妻の実家は福島県いわき市だが、同じように細切りにしたダイコンとニンジンが入っている(ゴボウは使わない)。最初は違和感があったが、今は慣れた。「引き菜」は東北地方に多いようだ。

新潟

新潟の雑煮 新潟の雑煮 新潟の雑煮

新潟県の雑煮にも、鮭が入る。鮭は「幸運を招く」といわれ、年越しに使うらしい。最初にサッと湯掻いて臭みを除るのがコツで、アラも無駄にすることなく食べ尽くしたそうだ。
特徴的なのは、イクラを茹でたものを「トト豆」と呼んで、飾ること。越冬用の保存食として春先まで食べたそうだが、冷蔵庫がない時代にそんなに保ったのだろうか。よくわからない。

東京

東京の雑煮 東京の雑煮 東京の雑煮

東京の雑煮はカツオ節で出汁を取った醤油味である。具は鶏肉、しいたけ、かまぼこ、小松菜を使った。かまぼこは、昔は江戸周辺でさかんに生産された。かまぼこからもよい味が出たと、何かの本で読んだこともある。しかし、味が出るようなかまぼこは、現代のスーパーにはあまり売っていないだろう。小田原の「鈴廣」に取材した経験からいえば、白身の魚の身を擦って、魚醤や醤油や塩を少量混ぜて練り、木の板に盛り上げて、へらで形を整えて蒸せばできるので、見栄えにこだわらなければ自作して、昔の本当の味を出せるかもしれない。
小松菜は東京都や神奈川県での生産量が多い。首都圏の近郊農業を代表する産物である。

丸餅と角餅

西日本では雑煮に丸餅を使うことが多く、東日本では角餅を使うことが多い。
元々、餅は神様へのお供えであり、1個1個丸めてつくられた。円形は鏡を象ったと書かれている資料が多い。しかし、古代にはのし餅を切れるような精巧な包丁はなかったのが、餅が丸くなった現実的な理由ではないか、という気がする。
古代の都市があった関西では餅は丸くなり、その影響を受けて、北陸地方の一部や中国・四国地方、九州地方では丸餅が多い。

一方、東京周辺や東京以北では、餅には角餅を使う。それには理由がある。
◎丸餅よりも運びやすい角餅は陣中食として適していたため、武家に好まれた。
◎「のし餅」という言葉の「のす」が、縁起のよい語句として武家に好まれた。
◎長屋住まいの貧しい江戸の庶民は、各家庭で餅をつくことができなかった。そこで、餅屋から餅を買ったが、餅屋は丸める手間のかかる丸餅ではなく、のし餅を売り、ほどよい固さになったところで、各家庭で切った。こののし餅文化が東日本に普及した。

丸餅と角餅の境目は、関ヶ原(岐阜県)くらいといわれている。


京都

京都の雑煮 京都の雑煮 京都の雑煮

京都の雑煮は、こんぶで出汁を取った甘い白味噌仕立てである。関西はすべてが白味噌味というわけではなく、醤油味の雑煮も食べられている。それでも、スタンダードは白味噌味といってよいだろう。皇室の雑煮も白味噌だそうだ。
東京の醤油味とは対照的だが、この区分けができたのは江戸時代らしい。白味噌も醤油も庶民が使うようになったのは江戸時代であり、それ以前は味噌の上澄みなどが用いられていた。
白味噌は上流階級のもので、庶民にとっては調味料というより、むしろ甘味料だった。今、私たちが白味噌を味わっても、「甘い」とまでは感じないが、白砂糖が手に入らない昔は、年に1度、甘みを味わえる貴重な機会だったらしい。

ちなみに奈良県では別皿にきな粉を添えて、雑煮から餅を出して、まぶして食べる。香川県では白味噌の汁にあんこ入り餅を入れる。これらは雑煮を「お菓子」感覚で味わっていた名残りと思われる。

具材には丸くむいたイモ、丸く切ったダイコンとニンジンを入れた。「円満に」という願いが込められているらしい。写真ではわかりにくいが、ニンジンは京野菜の金時にんじんを使った。一般のニンジンより赤色が濃く、苦みやえぐみが独特の味わいとなっている。
ただし、金時にんじんは京野菜のイメージは強いが、明治時代以前に京都で栽培されていた記録は残されていない。京都府では京野菜を「京都の伝統野菜」と「ブランド指定野菜」の2本立てにしているが、その「ブランド指定野菜」に区分される。
イモは里芋を使った。里芋には「子沢山」の縁起担ぎもあるらしい。京都では、海老芋や八頭(やつがしら)もよく使われる。
好みで、上に削りカツオをかける人もいる。

広島

広島の雑煮 広島の雑煮 広島の雑煮

広島では、広島湾名産のカキを入れる。広島湾には太田川などが流れ込み、森が育んだ豊かな栄養分と泥を運んでくる。栄養分は、厳島神社のある宮島(厳島)などの島々からも流れ込む。その加減がカキの生育にちょうど合っているらしく、縄文・弥生時代の貝塚からも殻が出てくる。
養殖は、早くも室町時代の終わり頃の天文年間(1532〜1555)に始まった。おそらく干潟に石を置いて、カキが成長したら収穫するような原始的な方法だったと思われるが、それでもたいしたものだ。

瀬戸内海周辺では、フグやアナゴなども使われる。これも「地のものを使う」というセオリー通りである。フグは「福」と掛けるらしい。

鳥取・島根

鳥取・島根の雑煮 鳥取・島根の雑煮 鳥取・島根の雑煮

山陰や北陸の一部は、あずき文化圏となる。どうして、この一帯だけ、醤油でも味噌でもなく、あずきなのかはよくわからない。味は砂糖で甘くしたものがほとんどで、少数派だが塩味もある。他の文化圏に近い山間の地域では、赤味噌、白味噌、醤油味の雑煮も食べられている。
あずき汁は佐賀県の一部でも食べられているという。ただし、私は佐賀県の出身だが、東京の雑煮の角餅を丸餅に替えた、あるいは福岡の雑煮からブリを抜いたような雑煮だった。あずき汁の記憶はないので、ごく限られた地域のものだと思う。

雑煮の出汁と汁の味

京都では雑煮の出汁にこんぶを用いる。これは江戸時代に北前船が、蝦夷(北海道)の産物を日本海経由で運んだ影響だが、淡い味わいが京都人の口に合ったということでもある。一方、関東地方ではかつお出汁を使うことが多い。
宮城県では焼きハゼを使うが、東北地方では煮干しを使う地方が多い。煮干しは、中国・四国地方や九州地方でも使われる。
北九州では「アゴ」と呼ばれるトビウオの干物も使う。ほかに鶏ガラ、干しフグ、干しエビ、スルメを使う地域もある。
味つけを概観すると、京都を中心とする近畿地方や、北陸地方・四国地方の一部では味噌を使うが、醤油味の雑煮もかなり食べられている。ただし、遠州(静岡県西部)出身の井伊家が治めた彦根地方はすまし汁が多い。
武家が支配した地域は醤油味のすまし汁であるが、これは「めでたさに味噌をつける」という語呂合わせが嫌われたのも一因である。


福岡

福岡の雑煮 福岡の雑煮 福岡の雑煮

福岡県では、醤油味の雑煮にブリを載せる。ブリは成長するにつれて名前が変わる「出世魚」なので、縁起がよいと考えられたのだろう。北九州では「ヤズ→イナダ→ハマチ→ブリ」となる。昔は家々で塩ブリを1匹、寒風が吹きさらす軒下に吊り下げておくのが、年末年始の風物詩であったらしい。
ただし、交通の発達していない時代、基本的に地のものを使っていたはずなので、沿岸部の風習かと思われる。
出汁はトビウオの干物を軽く焼いたものから取る。北九州では、この干物をアゴと呼ぶ。焼いて食べてもおいしい。

彩りの青菜にはかつお菜という地野菜を使うそうで、年末年始に出回るという。私は葉の形が似ているターサイで代用したが、火を通してしまうと、どんな青菜でも見た目はほとんど変わらなくなってしまう。

このほかの地域の雑煮では、たとえば次のようなものがある。

富山県

醤油味や赤味噌味の雑煮に甘エビを飾る。エビは「腰が曲がるまで」という縁起かつぎらしい。甘エビは富山湾でたくさん獲れるので、手に入りやすかったのだろう。
富山湾は大陸棚が狭くて急深となっており、上層には暖流に乗ってブリがやってくるし、中層には甘エビ、下層には白えびやズワイガニなど冷水系の魚介がいる。その中で甘エビが選ばれたのは、姿のよさと味が富山の人々の好みに合っていたのだろう。
ちなみに富山湾で揚がったブリは、塩漬けにされて長野県へ運ばれた。富山湾から松本市へ至る道は「ブリ街道」と呼ばれ、周辺にはブリを使う風習も残っている。

愛知県

名古屋メシは味噌カツや醤油ダレの手羽先の唐揚げなど「コテコテ」系のイメージが強いので、赤味噌味かと思ったら、実はあっさりとした醤油味である。
これは先のコラムに記した「味噌をつけてはならぬ」という武家のしきたりだ。餅も焼かない。白い餅を城に掛けて、「城を焼いてはならぬ」ということだったそうだ。尾張国は徳川御三家のひとつだったので、厳しかったのかもしれない。しかし、江戸では角餅を焼いたから、地域性もあるだろう。
ちなみに、コテコテの赤味噌の雑煮は三重県で食べられている。三重県は地域区分では近畿地方に分類されるが、北部は中京工業地帯に含まれるなど、文化的には名古屋との結びつきが強いのである。

鹿児島県

醤油味の汁だが、出汁は焼き干しのエビを使う。鹿児島県や宮崎県では、エビを使うことが多い。これは鹿児島県の西北部に位置する出水市の沖がクマエビの漁場になっており、たくさん獲れたためだ。昔は松の薪であぶって干して、保存食にしたという。「地のものを使う」というセオリーが、ここでも生きている。
クマエビはクルマエビ科に属して味も姿形もよく、「腰が曲がるまで」という縁起かつぎであったのは、富山県の甘エビと同じだ。
ただし、資料を読み込んでいくと、「来客だけにエビが載って、家族には載らなかった」という思い出話も見受けられる。
西南戦争の指揮官として活躍した示現流の使い手・桐野利秋は、少年の頃、家が貧しく、おなかが空くと西郷隆盛の家に上がり込んだ。西郷家も決して豊かではなかったが、それと察して、食事を出してやったという。昔はそのくらい赤貧の家も少なくなかった。エビが載ったのは、ある程度以上、余裕のある家だったのかもしれない。

沖縄県

沖縄県には本来、雑煮を食べる習慣はないが、テレビや雑誌の影響により、「中身汁」というモツの吸い物を雑煮のように食べるようになった家や、結婚によってほかの地方の雑煮が入ってきた家もあるようだ。中身汁は私は食べたことはないが、臭みを除去してしまうので、アッサリとおいしいらしい。沖縄そばのモツ版のような感じなのだろうか?


以上、全国の雑煮を駆け足で見てきたが、どうだろう? 日本には山脈・平野・盆地などが密集している。その上、同じ山地でも北側と南側では季節風の吹き具合が違ったり、同じ平野でも場所によって土壌が違ったりして、産物が異なることは珍しくない。電車で何日旅しても風景が変わらない大陸も魅力的だが、狭い範囲に多様な地形、多様な文化がぎっしり詰まっている日本も、他国にはない魅力が一杯だ。

日本人は雑煮という神事を受け継いでいる。バリエーションは無限に多様でありながら、「餅の入った汁を食べる」という点は同じ。 年の初めに歳神様を迎え、幸せや長寿を願って家族で雑煮を食べるという共通の風習は、日本神話など知らない人も増えた現代において、八百万の神を敬い、清き明(あか)き心を大切にする日本人のアイディンティティを保つのに役立っていると思う。

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著者 著者

【著者】
広沢 大之助

出版業界でおもに社会科の本の編集にかかわってきました。全国の中学校の授業で使う公民・地理・歴史の資料集や参考書、その他多くの書籍をつくっています。
「国民のための社会科」では、眼光紙背の精神で、政治経済・社会問題・産業などについて、くわしく、わかりやすく解説していきたいと思っています。
プロフィール

【日本の文化と地理】

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