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日本の政治・経済・社会

アベノミクス成就に必須の「第3の矢」最後の1ピース

2016年08月30日

7月に行われた参院選は、与党の勝利に終わった。しかし、これからが安倍政権にとって正念場だろう。
「アベノミクスは道半ば」「この道しかない」といったフレーズには、それなりの説得力はある。なぜなら政策が実体経済に影響を及ぼすには何ヶ月も、ときには何年もかかるからだ。
国民は小難しい経済理論は知らなくても、直感でそのことをわかっている。また「貧しい人に富の分配を」という野党の主張はその限りでは正しいが、経済政策には「順番」があり、まずは企業を富ませていかないと、給料を払ってもらえるようにならないこともわかっている。野党の理想論に振り回されたらどうなるか、旧民主党時代に十分経験した。「もう、まっぴらだ」という思いから、多くの人は与党を支持して、我慢をしている。日本人の国民性は、賢く、秩序正しく、我慢強いのだ。

しかし、2016年12月末の第2次安倍内閣発足から3年半が過ぎて、大企業は富んできたが、国民の生活は豊かになっていない。実際、1人あたりのGDPは、年々下がっている。
「そろそろ生活を豊かにしてくれてもよい頃だろう」と、皆が思っている。これに応えることができなければ、自民党から人心は離れていく。だから、これからが安倍政権の正念場なのである。


もともとアベノミクスは「3本の矢」から成り立っている。
第1の矢は「大胆な金融政策」。日銀が市場から国債を大規模に買い取ることで通貨の流通量を増やす「量的緩和」により、デフレからの脱却をめざした。市場が冷え切っているときに民間企業や個人は動かないので、国がテコ入れをして経済を刺激する、いわゆるリフレ政策を敢行した。デフレマインドを払拭して経済に「喝!」を入れることには、成功したと言ってよいだろう。

第2の矢は「機動的な財政政策」。政府が使うカネを増やすことを意味し、その内容は公共工事を行うことである。「日本のように十分にインフラが整備された国では、公共工事を行う意義は薄い」といった批判もあるが、旧民主党が政権にあった頃、「コンクリートから人へ」というスローガンを掲げて公共工事を縮小したら、現実には地方経済は冷え切ってしまった。
社会は単純な理念通りには動かないし、自民党の土建屋政治にも意味はある。だから、「必要なところに必要なとき、ドバッとカネを使う」という意味を込めて、「機動的な」という修飾語がつけてある。
第2の矢もすでに放たれて、経済成長や維持の下支えに一役買っている。

ここまでは、まず合格点だろう。問題は第3の矢である。


第3の矢は「民間投資を喚起する成長戦略」である。これが少々わかりにくい。普通、「成長戦略」と言う場合、税制改革、規制緩和、市場開放など、企業側に働きかける政策を指すが、アベノミクスでは違う意味に使っており、国民側にウエイトを置いている。重要なのは「成長戦略」ではなく、「民間投資を喚起する」の部分である。
決して企業側への期待を緩めたわけではなく、企業側に働きかけることで国民の生活をよいものにして、計1400兆円と言われる個人の金融資産を消費や投資に吐き出してもらい、経済を好循環に乗せることを狙っている。

第3の矢で掲げたのは、法人税率の引き下げ、働き方改革、女性の活躍推進、農協改革、国家戦略特区、コーポレートガバナンスの強化、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の運用改革などで、マイナス金利政策なども含めてよいだろう。
この中にはわりと素直に評価できるものもあれば、疑問を感じるものもある。

たとえば農協については、補助金ありきの産業というものは本質的に不健全であり、TPPを機会に遅ればせながら改革を進めるのは意味があるだろう。

国家戦略特区については、東京圏・関西圏など重要地域の構造改革を推進することで、産業の国際競争力を強化するものである。「国家戦略特区でも民泊には何連泊以上が必要」というような件があり、もっと規制緩和すべきではないかと思うのだが、ある程度評価はできる。あくまでも「ある程度」ではあるが…。

コーポレートガバナンス(企業統治)の強化に反対する人はいないだろう。たとえば社外取締役を置いて信頼性のアップを図るといったようなことで、消費者のためになるのはもちろん、品質に問題のある中国製品などに対抗するのに役立つ。

ここまでは、まずまず「納得」の範囲。次からクエスチョンマークがつき始める。


GPIFの運用改革については、国内株と外国株による運用比率をそれぞれ12%から25%へほぼ倍増させ、国債などの国内債券に関しては60%から35%へ大きく引き下げた。
先日の参院選に際して、民進党が「2015年度の損失は5兆円にも上る」と激しく非難し、安倍総理が「安倍政権になってからの運用益は37.8兆円、投資比率を変えた2014年10月以降だけでも8.9兆円に上る」と数字を挙げて対抗したことが、記憶に新しい。

この件は難しく、民進党が批判するように株式投資にはバクチ的側面もあるのだが、民進党のスタンスはちょっと虚弱な優等生といった感じがする。
GPIFがほかに先駆けて優先的に情報を得やすい立ち位置にあることや、為替を操作できる資金を持っていることを思えば、資産を増やしていける可能性は確かにあるだろう。また、GPIFが株価を支えてきたことは事実であり、円安に振れ易く、国債がマイナス金利になっている中で株式比率を下げると、まず間違いなく株価は下がるのも事実だろう。
戦争で言えば、引けば全体が崩れることがわかっているので、弾雨の中、なんとか一部隊が戦ってこらえているようなもの。現実問題、ほかの手は簡単にはないだろう。

ただし、「国民が積み立てた貴重な年金を原資としてよいのか?」という点は、本質的な疑問として残る。
トレーダーの陳 満咲杜(ちん みさと)氏はGPIFのような国家が関与する組織やジョージ・ソロスのような大手ヘッジファンドによる投機をクジラに、一般トレーダーをイワシに例えて、しばしばイワシがクジラに食われる様子を解説しているが、マーケットという潮流の中ではクジラだって溺れる。
クジラがある程度までマーケットを操作できるのは事実だが、マーケットは世界中のすべてのクジラとイワシ、それにトヨタが貿易決済をするときのような実需の総和であり、その激しい流れにはクジラだってかなわない。年金がフッ飛んだら、どうするのだ?

次に法人税率については2014年度には34.62%だった実効税率を、2015年度には32.11%へ、2016年度には29.97%へ、2018年度には29.74%まで下げる予定である。ただし、法人税率を引き下げると、当然、その分、税収は減る。その穴埋めするために、企業規模に応じて納める外形標準課税を増税し、新たな設備投資をした中小企業は固定資産税が減税される。まあ、あの手この手で企業活動の活性化を図っていることはわかる。
しかし、現実には大企業が「内部留保」を増やすばかりで、富の流動化にはあまりつながっていない。ニーズがないのに投資をするようなことは、必要がないからだ。

働き方改革については、労働市場改革を進めて、労働市場の改革を進めている。具体的には、労働者派遣法を成立させ、全業種一律に原則3年の派遣期間を定めた。また、時間ではなく成果で評価される勤務制度(高度プロフェッショナル制度)を進めている。
現代社会に対応した雇用のあり方を追求しているわけであるが、3年経つ直前にクビを切る会社が増えるであろうし、「時間ではなく成果で評価」というのも、正論の面はあるが、現実には多くの人が厳しい働き方を強いられるだろう。

ソニーの常務であった土井利忠さんは「世に出た製品の背後には、無数の挫折したアイデアや企画がある。それらは無意味だったわけではなく、ロケットのブースターのような役割を果たしていた。しかし、成果主義を取り入れることで近視眼的な結果にこだわるようになって、ブースターを受け持つ人がいなくなり、日本メーカーは弱体化した。
ブースターを受け持つ人が居場所を得るには、終身雇用が最もよい。本当は、年功序列の終身雇用こそが未来型の経営だったのだ」というようなことを語っている。

現代は高度経済成長期と違って右肩上がりの時代ではないため、やや理想論の趣はあるが、考え方として汲むべき面はあると思う。実際、北海道土産として有名な「マルセイバターサンド」の六花亭製菓は、20年以上連続して全社員に有給休暇を100%取得させたり、社員6名以上が集まれば海外へ行っても「社内旅行」として補助金を出すなど、手厚い経営によって従業員に安心感を与えて、業績を上げることに成功している。
しかし、日本の社会は全体的に見て、その反対に向かっている。


失業率を減らすのが急務である段階では、企業の意向を強く受け入れてもとにかく雇用を増やすべきであるし、「経済には順番がある」という原則から言えば、先に企業寄りの政策をとるのもやむを得ないだろう。

しかし、そろそろ「人」に寄った発想に切り替え、人々が安心して働ける社会を構築していく必要があるように思われる。たとえば、法人税を引き下げても大企業が「内部留保」を増やすばかりであれば、むしろ引き上げて、その分を国民に再配分していく方へ舵を切った方がよい。

法人税引き下げはまだ途中であるし、働き方改革も始まったばかりである。その意味では評価するには尚早であるのだが、視点が企業側に寄り過ぎているのは気になる。

つまり企業の都合に合わせて人を便利に使って、気軽に切り捨てられる方向へ向かい、「働き方改革」というより「働かせ方改革」と呼ぶべきものになっている。

この方法でも、ある程度、数字上の成果は出てくるかもしれない。しかし、中年になったらリストラが当たり前、出産時には退職が当たり前という状態が続けば、人々の間に安心感が醸成されることはなく、1400兆円の個人の金融資産はいざという時への備えとして貯金のままとどまり、十分に消費や投資にまわることはないだろう。

アベノミクス成功への最後の1ピースは、国民の「安心感」にほかならない。

人を大切にし、人が安心して暮らせる社会をつくらないと、第3の矢がめざす「民間投資を喚起する」成長戦略には、つながらないのではないだろうか?

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著者 著者

【著者】
広沢 大之助

出版業界でおもに社会科の本の編集にかかわってきました。全国の中学校の授業で使う公民・地理・歴史の資料集や参考書、その他多くの書籍をつくっています。
「国民のための社会科」では、眼光紙背の精神で、政治経済・社会問題・産業などについて、くわしく、わかりやすく解説していきたいと思っています。
プロフィール

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