国民のための社会科

日本の政治・経済・社会

岩盤規制入門:利権のために国民を犠牲にする権益団体や官僚たちとの戦い

2017年7月14日

「岩盤規制」という用語に注目が集まっている。しかし、岩盤規制について知ることは、簡単ではない。
国民は、知らないわけではない。実は日常的に接しているのだが、「岩盤だ」と気づかないようになっているからだ。そこで、今回は岩盤規制入門をやってみよう。


2016年、「保育園落ちた日本死ね!!!」という匿名のブログの一言が、この国を駆けめぐった。
この問題を解決するのは、実はそれほど難しくない。企業が保育園事業に参入するのを正式認可すれば、短期間で解決する。しかし、厚生労働省とその天下り先の保育3団体(全国私立保育所連盟・全国保育協議会・日本保育協会)が強硬に反対して、企業の保育園参入を認めない。コントロールできない保育園が増えることは、利権が減ることを意味するからだ。

こういう利権団体には族議員がついている。議員が活動するにはお金が要る。既得権益者と官僚機構と族議員は「鉄のトライアングル」をつくり、改革に反対する。そして、「幼保一体化」などと複雑な誤魔化しをする。幼稚園が保育園の機能を備えるには、調理室をつくり、調理師を雇い、延長保育の人員を確保しなければならないから大変だ。

企業の保育園参入を認めれば問題は速やかに改善されるのに、自分たちの利権のために、何のかんのと理由をつけて改革を阻む。これが岩盤規制だ。


獣医学部も同様で、獣医師不足に悩む愛媛県と今治市は、福田康夫内閣時代の2007年11月、獣医学部新設を求めて申請を行なった。それから民主党政権を経て、今回通るまでになんと15回も却下されている。やっと話が通ったと思ったら、加計問題でさんざんだろう。

15回も却下されたのは、岩盤規制である。全国的に家畜の獣医師は不足しているし、鳥インフルエンザなどの問題もあって各自治体で公務員獣医師を置かなくてはならない。しかし、すでに獣医師をしている人たちから見れば、競争相手が増えるのは困る。獣医師不足の状態にしておきたいので、日本獣医師会は族議員を使って利権を守ろうとする。
族議員の一人は民進党の玉木雄一郎幹事長代理で、父親は香川県獣医師会の副会長をしており、弟も獣医である。本人は日本獣医師連盟から献金100万円を受け取っている。

安倍首相が「今後は獣医学部を全国展開する」と言ったのは、イタチの最後っ屁みたいなものだ。安倍首相はああ見えて調整型の典型のような政治家で、日本獣医師会の要望を容れて新設は1校に限定していた。全国展開されたら、玉木氏は立つ瀬がなくなる。


獣医学部の新設を1校にしていたのは、本質的には特区という限定された地域で様子を見るためである。
子どもの喧嘩のようになってきたが、ほかはそれぞれ当初の計画通り、実験→検討→全国展開と進んでいくだろう。うまく行かない場合は、全国展開は行わない。そのための特区である。 歴史上最も有名な特区は、江戸時代の長崎だ。長崎が明治維新に果たした役割をイメージすれば、特区の意味はつかめると思う。

特区にも何種類かあり、詳しくは首相官邸のホームページで読むことができるが、要するに「実験場」と捉えておけばよい。
【HP】国家戦略特区(首相官邸)


獣医はペットや家畜を飼っていないとピンと来ないかもしれないので、薬の話をしよう。
現在、インターネットで風邪薬などは買えるが、病院の処方箋薬は受け付けられない。厚生労働省は薬剤師と患者が直接顔を合わせることを原則としているからだ。
しかし、薬局へは家族が行くことも少なくない。この時点で、厚生労働省の論理は破綻している。
確かにお薬手帳を持って薬局で説明を受けるのも意味はあるだろうが、インターネットでも発注できたらより便利になる。
とは言え、この岩盤を破るのは、簡単ではない。処方箋薬の市場は、売薬の10倍の大きさがある。簡単には手放さないだろう。

あるいは、タクシーの話をしてみよう。2016年、東京23区と一部の地域で、2km730円だった初乗り料金が1km強で410円に改定された。
しかし、よく考えてみれば、ほかの商売では価格は自由競争となっており、競争を通じて適正な価格に落ち着くものではないか?
いつの間にか「規定の運賃がある」と思いこまされている。
これも岩盤規制である。料金が決まっていた方が都合のよい企業があり、国土交通省や族議員と結びついて、既得権益を守っているのである。

何となく、岩盤規制の意味がわかってきたのではないだろうか?


その点、農業はTPPをテコにして、ようやく岩盤に穴が開きつつある。

農業分野の岩盤は2つある。1つは、農協(JA)の存在だ。たとえば、無農薬の野菜をつくっても農協が受け付けないから、規定のものしかつくれない。作物の種や苗は、農協を通して買わなければならない。その度に農協にマージンを取られる。ビニールハウスの暖房の燃料も同様だ。必要なお金は、農協から借りなければならない。農協が肥え太り、農家が痩せている。農協はTPPから日本の農業を守りたいのではなく、おいしい汁を吸わせてくれる農家を守りたいだけである。

もう1つは産業構造の問題だ。高齢化が進んで耕作放棄地が増えているのに、相続税がかからないから農家は土地を手放さない。結果、日本の農業は再編されない。
また、日本の農業には世界で全く戦えないものと、高付加価値をつけられるものが混ざっている。
気概のある農家が戦えるよう、一方でやる気のない農家には退場してもらい、企業が参入して合理的な経営を行えるよう、改革を進めなければならない。
そのための実験が、兵庫県の山間の養父市や新潟市で行われている。


しかし、既得権益者・関係省庁・族議員の「鉄のトライアングル」と戦うには、よほどの力と覚悟がいる。
第1次安倍内閣では、安倍首相と菅官房長官がタッグを組み、渡辺喜美氏も加わった。金融庁長官となった渡辺氏は天下りを一切許さなかった。「あんな長官がいたら、たまらん」というわけで、国税庁を通してDHCに圧力をかけて、献金問題のスキャンダルに仕立てた。
渡辺氏はみんなの党のために借りた8億円を、個人で受け取ったたような印象操作をされて潰され、今に至るも復活できていない。
官僚から見ると、改革を進める首相は既得権益を奪っていく敵であり、省庁ににらみをきかす大臣はうっとうしい存在なのだ。

官僚は非常に狡猾で、まず表に姿を現わすことはない。小泉純一郎元総理が改革を行ったときには、郵政官僚から子どものいじめと同じような陰湿な無視や吊し上げを受けたと聞いている。
今回は前川喜平前事務次官が矢面に立った分、「正直」だと言えるかもしれない。もちろん加計問題をリークしたのは官僚の誰かであり、お人好しで御しやすい前川前事務次官はロボットである。


安倍内閣の進める岩盤規制崩しの意味もわかってきたと思う。ただし、安倍内閣側に問題がないわけではない。
加計問題では「説明不足」という声が多かったが、私は説明不足というより、やること全体が粗雑になっているように思える。

岩盤規制崩しの大物、電力自由化を見てみよう。
1951年以降、日本では、大手電力会社がそれぞれの地域を独占してきた。戦後の復興から経済大国になるにあたって有効に機能したが、反面、競争原理が働かず、非効率なことも多かった。

2016年4月から電力自由化が始まり、ようやく「岩盤」が揺らぎ出している。東京ガスやENEOSでんきなど、他分野のエネルギー事業者も参入しているし、数多くの中小の新電力会社がメリットを打ち出して登場している。それは安倍内閣の功績として評価できる。
ただし、送電線の使用量が高額すぎて、中小の事業者の足かせとなっている。ヨーロッパでは電力自由化は進めても、送配電網の規制はむしろ強化して公正な競争を促進しているという。
キモは送電線であり、こういう細かいところをもう少し丁寧に詰めないと、看板は立派だが、実質が伴わないことになってしまう。

あるいは、医療問題を挙げてもよい。例えば、日本の医師免許がなくても、アメリカの医師免許があれば日本で働けるというようなことは意味があるだろう。災害のときに駆けつけてくれた外国の医師が何もできないといった問題は、実際に起きている。
しかし、保険診療と自由診療の混合診療は、認めてよいのだろうか?
先日も「臍帯血が美容やがんに効く」と宣伝して治療をしていたクリニックが摘発された。自由診療の病院には、怪しいところが多い。

国民が今、安倍内閣に感じている不信感や倦怠感の正体は、「丁寧でない」「粗が目立つ」ということではないか?
私は30年以上社会科の編集者をやってきて、「大衆の勘」は、危うい面はあるものの、結構いい線を捉えるものだと思っている。

安倍首相には強力な刃のついたドリルで岩盤規制崩しを進めてもらわないとならないが、ここら辺で立ち止まって、自分の棚おろしをしてもらうことも大切だと思う。

この記事が役に立ったら、シェアしてください。

著者 著者

【著者】
広沢 大之助

出版業界でおもに社会科の本の編集にかかわってきました。全国の中学校の授業で使う公民・地理・歴史の資料集や参考書、その他多くの書籍をつくっています。
「国民のための社会科」では、眼光紙背の精神で、政治経済・社会問題・産業などについて、くわしく、わかりやすく解説していきたいと思っています。
プロフィール

【日本の政治・経済・社会】

国が異常なまでに「辺野古移設」にこだわる死活的な意味とは何か?

参院選の「定数6増」は、実は野党に有利であることをわかっているか?

名こそ惜しけれ:責任感に欠けた世の中に求められる、関東武士の精神

憲法改正「合区解消」&参院選改革:対応策を洗いざらい整理して明確にしてみた。

森友学園問題とは、何だったのか? その核心に迫る。

東京三菱UFJ・みずほが店舗を大幅削減! ー銀行再編劇から見える資本主義の未来ー

リベラルを継ぐ者は、立憲民主党か希望の党か?

「日本国民はアジアの東、太平洋と日本海の波洗う美しい島々に」〜中曽根康弘元総理の日本国憲法前文を、ぜひ新憲法へ!

衆院選でついに日本最大の格差問題に手をつけるか、安倍政権!?

福田有恒の「1匹と99匹」から考える、左派の本質と改革

国際政治が面白いほど読み解けるマクロな視点から、日本と東アジアを3分で理解する

がんからの生還ー標準治療と高タンパク・高ビタミンの「ハイブリッド作戦」

岩盤規制入門:利権のために国民を犠牲にする権益団体や官僚たちとの戦い

安倍首相が稲田防衛大臣を守り続ける本当の理由とは?

総理が死んだら、誰が自衛隊を指揮するのか?

憲法9条の改正は、第3項の追加が現実的である

日本国憲法が一度も改正されたことがない本当の理由

【最近の記事】

政治を「祭り事」というのは、なぜか? 歴史を遡り、その秘密を解く!

国が異常なまでに「辺野古移設」にこだわる死活的な意味とは何か?

北方領土についての、これ以上にない「正しい理解」

日本人はどこから来て、どこへ行くのか?ー天皇と神道の淵源を探る

参院選の「定数6増」は、実は野党に有利であることをわかっているか?

移民国家アメリカが移民を拒否したとき、何が起こるのか?

名こそ惜しけれ:責任感に欠けた世の中に求められる、関東武士の精神

北朝鮮の非核化は、ロシアにとって損か得か?

トランプは拉致問題の完全解決を狙っている〜では、日本の今後の対応は?

落ちこぼれから世紀の大品種へ〜コシヒカリの奇跡

新興国中国と覇権国アメリカが衝突〜「トゥキディデスの罠」より危険なものは米中の取引

憲法改正「合区解消」&参院選改革:対応策を洗いざらい整理して明確にしてみた。

中国がアメリカを抜く日は来ない〜習近平独裁政権の前に立ちはだかる苦難

「体制維持」にこだわる金正恩が、本当に怖れているものの正体とは?

Copyright © 「国民のための社会科」 All Rights Reserved.