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日本の政治・経済・社会

特定秘密保護法は、必要か?

2014年01月27日

特定秘密保護法が、昨年12月に成立した。私のような一介の社会科編集者が出る幕ではないだろうと思って放っておいたのだが、なかなかまともなレベルの議論が出て来ない。専門家も語ってくれない。仕方がないから、呼び水となってやろうと思う。

まず、あまりにも浅薄で非理性的な言論が目につく。最もひどいのは、朝日新聞だ。
「秘密漏らせば民間人も処罰」という記事では、防衛省から仕事を請けた会社のシステムエンジニアが、開発中の航空機の情報にアクセスして友人にしゃべり、ネット上に機密が拡散してしまい、かかわった人たちが本人も気づかないうちに犯罪者になってしまうというケースが紹介された。

今風にIT社会の弱点を盛り込みながら大日本帝国時代の治安維持法や特高警察復活への警鐘を鳴らそうとしたのだろうが、本質をはずしている。

クライアントの内部情報を口外しないのは、「特定秘密」でも何でもなく、普通の守秘義務の範囲内だろう。まともな社会人なら、守秘義務云々などと言われなくても、クライアントの内部のことを人に話したりはしない。あたりまえの社会常識である。朝日新聞のケースは、全然ダメだ。

特定秘密保護法は、外国の諜報活動を防ぐためのものだ。
例を挙げるとすれば、防衛省の人物や軍事機密にかかわることになった機械メーカーの責任者が、外国の情報部員に弱みを握られて、機密を漏らしてしまうなどとすべきであっただろう。
この法案の議論に近いものとして、江戸時代に玉川用水をつくったときのことを思い出す。人々に水を供給するための水路づくりのはずが、「敵が用水を利用して攻め上ってきたら、どうするのか?」という議論まで行われたのだ。「あさって」の方向を向いている。
ただし、日本国憲法との関係性から言えば、問題はないとは言い切れないのも、事実であるが。

不安に思う人が多いようなので説明しておくと、民間企業や大学が持っている情報は「特定秘密」には含まれない。仮に軍事などに民間企業がかかわり、その中に「特定秘密」となる情報が出てくれば、それを守ればよいだけの話である。

また、「知る権利との矛盾がどうの…」という話もよくあるが、マスコミの記者が官庁に取材して、「特定秘密」を知ってしまい、処罰されるなどということもあり得ない。もしも「特定秘密」と知った上で公表すれば、それなりの責任を追及されることになるだろうが、法廷では証人喚問に応じる程度で、処罰されるべきは「特定秘密」を漏らした官庁の人間である。

原発関連の情報が「特定秘密」にされてしまうのではという話もある。政府は「ない」としているが、テロ防止に必要な範囲で「ないことはない」と思う。どちらにせよ、原発を攻撃するために役立つような情報は厳守すべきだろう。

原発反対などの市民運動まで取り締まるのではないかとも言われるが、普通の市民運動を取り締まったら、今の社会では政府が倒れてしまう。第一、外国への情報流出を防ぐための法なのだから、市民運動とは何の関係もない。

<注>原発事故について、国は「特定秘密の指定の対象にならない」と公式に発表している。これは「特定秘密」に分類しないだけであって、福島原発などについては非常によくない状況を隠している可能性はある。ただし、あくまで「特定秘密」とは別問題である。


特定秘密保護法は、防衛や外交など、日本の存亡にかかわる重大な国家機密を漏らした公務員らに対する罰則を強化することにより、情報の漏洩を防止するためにつくられた。逆に言えば、重大な国家機密を漏らしてしまう公務員らがいたことを意味する。

世界各国に対する対応を決める際には、それぞれの国についての情報が重要となる。各国の外務省は報道機関からもたらされる情報を分析したり、各国在住の外交官や情報部員が要人にコンタクトを取ったりして情報を収集している。

それはお互い様だが、問題は日本のガードがきわめて緩いことである。なにしろ国家機密を漏らしても罰則が明確でないのだから、漏らし放題だ。各国の情報機関が、さまざまな手法で相当な情報を収集してきたことは、想像に難くない。また、外国の情報部員を捕まえても、スパイ防止法がないため、出入国管理法違反で逮捕するしかなかった。罪は軽く、わずか半年〜1年程度拘束しただけで、要求されれば私物まで返却して解放せざるを得ない。記録を取ったノートも機器もすべて返却だ。スパイ天国とは、このことである。

外交についての戦略を相手国に事前に知られたら、交渉はどうしたって不利になるし、軍備やテロ対策の情報が漏れたら、深刻な事態に発展しかねない。特定秘密保護法案の対象となるのは、防衛・外交・特定有害活動・テロリズムの4分野における重要機密である。情報が漏れる穴をふさぐのは、国として当然ではないだろうか?


特定秘密保護法に問題があることも事実である。秘密を指定するのは、「人」である。判断は外務大臣や防衛大臣をはじめとする行政機関の長が担当することになるが、「人」が決める以上、どこまで「特定秘密」とし、どこから「特定秘密」としないか、ズレは出てくるに違いない。
さらに言えば、指定基準は第三者機関である情報保全監察室でチェックすることになっているが、その際チェックするのも「人」である。狭い範囲の機密を「特定秘密」として認めるか、広い範囲の機密を認めるか、「人」次第となる怖れはある。
そもそも国会でも紛糾したように、本当の意味で「第三者」となり得る人物など、いるわけがない。

それでも真っ当な判断力を持つ者が見て、「特定秘密」に分類すべきかどうかの境目になるようなものではなく、「これはどうしても特定秘密にすべきだ」という情報はあるはずだ。重要なのは、そのような情報を守ることなのだ。
話が飛ぶようだが、アナロジカルな例を挙げてみよう。小説家の多くは雑誌の新人文学賞に入選して文壇に登場してくるが、入選か落選かというような作品や作家は重要ではない。大江健三郎にせよ、村上春樹にせよ、登場してきたときは、当落ギリギリの「境目」などではなかった。

「境目をどうするか」というようなことは、国の安全保障から見れば、枝葉論なのである。
同様に「第三者機関は本当に第三者なのか」という議論も、安全保障の観点からはあまり意味がなく、枝葉論である。

国家には他国に知られてはならない情報は存在するのであり、まずは大きく開いている穴をふさいで、情報が漏れ出すのを防ぐのが大切なのだ。

特定秘密保護法というのは、会社で言えば、「企業秘密は守ろう。企業秘密を漏らした社員には、罰を与えよう」というのと同じである。それだけのことなのに、なぜ、治安維持法の復活みたいな話になるのだろうか? 変なアレルギーはなくして、企業と同様、国も健全に運営することが大切である。

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著者 著者

【著者】
広沢 大之助

出版業界でおもに社会科の本の編集にかかわってきました。全国の中学校の授業で使う公民・地理・歴史の資料集や参考書、その他多くの書籍をつくっています。
「国民のための社会科」では、眼光紙背の精神で、政治経済・社会問題・産業などについて、くわしく、わかりやすく解説していきたいと思っています。
プロフィール

【日本の政治・経済・社会】

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