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日本の政治・経済・社会

憲法9条の改正は、第3項の追加が現実的である

2014年12月09日

日本国憲法第9条(以下、憲法9条)というのは扱いが難しい条項であることは誰もが知っているが、非常に誤解が多い条項である。
その誤解とは「自衛のための戦争を禁じている」というものだ。改正派も護憲派も、ほとんどすべての人がそう思い込んでいる。
しかし、憲法9条は本当は自衛のための戦争を認めているとしたら、どうだろう? 「解釈改憲」という考え方自体が、意味のないものになる。


時は終戦直後にさかのぼる。

1946(昭和21)年2月1日、毎日新聞が「天皇の統治権不変 内閣は議会に責任」という見出しで、日本政府の憲法改正案のスクープ記事を発表した。
これによりマッカーサーは、日本政府の保守性を強く認識した。

2日後の2月3日は日曜日だったが、日本国憲法づくりの中心的人物となるチャールズ・L・ケーディス大佐は呼び出しを受けて、日比谷の連合国軍総司令部に急いだ。待っていたのは、民政局のホイットニー将軍。マッカーサーの右腕とも言われた人物だ。
ホイットニーはマッカーサーに、「日本側が改正試案を提出する前に、彼らに指針を与えた方が戦術として優れている」と具申し、マッカーサーは3項目の要旨を示した。これはのちに「マッカーサー・ノート」と呼ばれることになる。

【マッカーサー・ノート】
天皇は国家の元首の地位にある。
皇位は世襲される。
天皇の職務および権能は、憲法に基づき行使され、憲法に表明された国民の基本的意思に応えるものとする。

国権の発動たる戦争は、廃止する。日本は、紛争解決のための手段としての戦争、さらに自己の安全を保持するための手段としての戦争をも、放棄する。日本はその防衛と保護を、今や世界を動かしつつある崇高な理想に委ねる。
日本が陸海空軍を持つ権能は、将来も与えられることはなく、交戦権が日本軍に与えられることもない。

日本の封建制度は廃止される。
貴族の権利は、皇族を除き、現在生存する者一代以上には及ばない。
華族の地位は、今後どのような国民的または市民的な政治権力を伴うものではない。
予算の型は、イギリスの制度にならうこと。

ケーディス大佐が締切をたずねると、ホイットニーは「今週中だ」と答え、「来週の火曜日、12日に日本側との会談がある。その席上でわたす」と答えた。

軍において、命令は絶対だ。結局、9日間で日本国憲法は作成された。 しかし、上記の第2項目に関しては、法律家であったケーディス大佐は「自衛権の放棄は現実離れをしている」と考えた。そして、「自己の安全を保持するための手段としての戦争をも」の部分と、「日本はその防衛と保護を、今や世界を動かしつつある崇高な理想に委ねる」をカットし、「武力による威嚇、または武力の行使は」という文言を前段に挿入した。

(『日本国憲法を生んだ密室の九日間』鈴木昭典 岩波文庫による。)


つまり、次のようになる。

【マッカーサー・ノートの第2項をケーディス大佐が書き換えたもの】
国権の発動たる戦争と武力による威嚇、または武力の行使は、廃止する。日本は、紛争解決のための手段としての戦争を放棄する。
日本が陸海空軍を持つ権能は、将来も与えられることはなく、交戦権が日本軍に与えられることもない。

これが憲法9条の原型になったことは、間違いない。比べてみよう。

【日本国憲法 第九条】
1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2  前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

ケーディス大佐はこの作業を、誰にも相談せず、ひとりで行った。「この条項について、皆で議論していたら、1週間かけても結論は出ないだろうと思い、自分一人でやってしまおうと心に決めた」と語っている。

ただし、マッカーサーはこの修正された文章について、元にもどすよう指示は出していないし、日本国憲法に自衛権の放棄を盛り込むよう、要求もしていない。気づかなかったはずがないし、「知らなかった」で済まされる問題でもない。さすがに「自衛権の否定は行き過ぎだ」と考えたと推測するのが自然だろう。


別の観点から考えてみよう。

憲法9条の淵源をたどると、第一次世界大戦後の1928年に締結されたパリ不戦条約に行き着く。多国間で結ばれたが、アメリカの国務長官フランク・ケロッグとフランスの外務大臣アリスティード・ブリアンの間で協議が始まったため、ケロッグ=ブリアン条約ともいう。

【不戦条約(ケロッグ=ブリアン条約)】
第1条 締約国は、国際紛争解決のために戦争に訴えることを非難し、かつ、その相互の関係において国家政策の手段として戦争を放棄することを、その各々の人民の名において厳粛に宣言する。
第2条 締約国は、相互間に発生する紛争又は衝突の処理又は解決を、その性質または原因の如何を問わず、平和的手段以外で求めないことを約束する。

さて、不戦条約締結の際、アメリカ議会でも「自衛権まで否定しているのかどうか」が問題となった。このときケロッグは「自衛戦争は対象外」と述べて、議会を通った。
ということは、国際法的観点からは不戦条約をもとにした憲法9条も「自衛戦争は対象外」とするべきだろう。そうでないと、整合性がなくなる。

こう考えていくと、憲法9条についての「あーだ」「こーだ」という議論のほとんどは、国際法という観点がないことから来る勘違いであることがわかる。


そのような次第で、憲法9条は改正しなくても、正々堂々と「自衛のための戦争」はできるのであり、当然、改正の必要もないことになる。憲法学者の中にはそう主張する人もいるが、本当に改正は不要なのだろうか?

私はそうは思わない。
憲法は、国民が読んで自然に理解できる文章であるべきだ。国際法なんか、一般の国民が知っているわけがないではないか?

実際、日本国憲法制定前の国会で、共産党の野坂参三議員が「戦争には侵略のための戦争と防衛のための戦争がある。戦争一般を放棄するのではなく、侵略戦争だけを放棄するべきではないか」と意見をしたのに対し、総理の吉田茂は「近年の戦争の多くは国家を防衛するためという名目で行われてきた。正当防衛権を認めることは、戦争を誘発することになる」と述べて、自衛権を放棄したことを明言している。
吉田茂はのちに自衛隊の前身である警察予備隊創設を機に軌道修正していくことになるが、この時点では総理でさえ「自衛権を放棄した」と受け止めていたのである(このやり取りは、今日の自民党と共産党の真逆で、面白い)。

また、不戦条約締結にあたってアメリカ議会がケロッグに説明を求めたのは、自衛権まで否定しているのかどうかが、わからないからだった。日頃から政治や立法にかかわっている議員でさえ、よくわからないのである。これは、やはり、明確にすべきだろう。


パリ不戦条約は、日本の憲法9条以外にもイタリア、フィリピン、エクアドル、アゼルバイジャン、ハンガリーなど、多くの国々の憲法に踏襲されている。(護憲派は「世界に誇るべき平和憲法」と言うが、こういう無知は恥ずかしい。これらの国で9条自慢はしないで頂きたい。)

フィリピンの憲法を見てみよう。

【フィリピン憲法 第2条3節】
フィリピンは、国策遂行の手段としての戦争を放棄し、一般に確立された国際法の諸原則を国家の法の一部として採用する。

憲法9条をまるごと変えようとすれば軋轢は大きくなり、反対者も出て、結局は通らない可能性が高い。
だからと言って現在のまま放置すれば、自衛隊が存在する現状との間で矛盾を生じる。憲法改正派は戦争をしたいのではなく、この矛盾を嫌っているのである。
そして、憲法は、国民の大多数に普通に理解できる言葉で記述されることが望ましい。

で、あれば、現在第2項まである憲法9条に第3項を加えるのが、現実的な改正ではないだろうか?

<改正案>
第1項
日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

(第1項はこのままとする。)

第2項
前項の目的を達するため、侵略戦争は、これを認めない。

(「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」は、すでに自衛隊が存在する現状に即して削除。「国の交戦権は、これを認めない」は次に設ける第3項と矛盾するので削除。)

第3項
自衛のための戦争は、これを認める。

「こんな感じでいいいのではないか?」と思うのだが、いかがだろうか? フィリピン憲法を真似て、「国際法に基づき、自衛のための戦争は、これを認める。」としてもよいだろう。

<補記1>本稿とはやや別問題になるが、憲法前文については、中曽根康弘元総理の格調高い草案があったのを、ご存知だろうか? この草案は舛添要一らの手によって、世にもくだらない作文に書き換えられてしまった。ぜひ、美しい原文を読んで頂きたい。
「日本国民はアジアの東、太平洋と日本海の波洗う美しい島々に」〜中曽根康弘元総理の日本国憲法前文を、ぜひ新憲法へ!

<補記2>その後、自民党では自衛隊を憲法で位置付けるという方向性が決まった。もちろん位置付けることができれば、それに越したことはない。ただし、反対派を取り込もうとして、だいぶ「玉虫色」になってきたなという気がする。また、国民投票で過半数を獲得できるかどうかも不安である。それよりは、私の案の方がシンプルで、国民の支持を得やすいと思う。

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著者 著者

【著者】
広沢 大之助

出版業界でおもに社会科の本の編集にかかわってきました。全国の中学校の授業で使う公民・地理・歴史の資料集や参考書、その他多くの書籍をつくっています。
「国民のための社会科」では、眼光紙背の精神で、政治経済・社会問題・産業などについて、くわしく、わかりやすく解説していきたいと思っています。
プロフィール

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