国民のための社会科

日本の政治・経済・社会

総理が死んだら、誰が自衛隊を指揮するのか?
ー緊急事態条項・非常大権の議論へ向けてー

2017年6月12日

最近は北朝鮮のミサイル発射が多い。通常兵器は他国では新鋭機・新鋭艦の足手まといになるような旧式なものしかないので、対等に戦えそうなミサイルに力を集中するとともに、ミサイルや核を売って外貨を稼ぐことが目的だろう。

戦争が始まったら、日本も安全ではない。米軍基地の集まる沖縄や政治機能の中枢が置かれている東京へ向けてミサイルを発射してくることは、十分にあり得る。
東京永田町に着弾した場合、日本は大きな問題に直面する。総理が急死したときの政治や自衛隊の指揮権について、憲法に規定がないからだ。

今回は緊急事態条項や非常大権の話をしようと思う。


国が直面する緊急事態としては、外国による武力攻撃やテロ、大規模自然災害などが想定される。有事の際は多数の人命が犠牲になるだけでなく、内乱や暴動、デマ、物価の急騰なども起きる可能性がある。まず、政府や行政機関が緊急事態にどう対応するのか、ごく部分的なものではあるが、現行の法律をもとにイメージをつかんでみよう。

<大規模災害>
災害に関しては、災害対策基本法により、政府に一定の権限を集中させる仕組みができている。
総理は、非常災害が発生した場合は内閣府に非常災害対策本部を設置する(災害対策基本法24条)。激甚な非常災害が発生した場合は閣議にかけた上で「災害緊急事態」を布告する(災害対策基本法109条の2)。
これにより、国会が閉会中でも「供給が特に不足している生活必需品の配給・譲渡・引渡しの制限・禁止」、「必要な物や役務の価格などの最高額の決定」、「金銭債務の支払いの延期や権利保存期間の延長」などについて、総理が罰則を伴う政令を出すことができる(災害対策基本法109条)。
原発事故に際しては、原子力災害対策特別措置法により「原子力緊急事態宣言」を発令し、原子力災害対策本部を設置する(原子力災害対策特別措置法16条)。
※東日本大震災の際、菅直人首相は「災害緊急事態」の布告は行わなかった。本質的に市民運動家の菅総理には、憲法に記載がない強大な権限を持つことに、よくも悪くもためらいがあったと思われる。

<治安上の問題>
かつてオウム真理教が引き起こした事件のような治安上の緊急事態に際しては、警察法により総理が緊急事態の布告を出し、一時的に警察を統括する(警察法71条・72条)。
警察力では治安を維持できない場合は、自衛隊法により、総理は自衛隊に出動を命じることができる(自衛隊法78条)。

<外国からの武力攻撃>
自衛隊法7条に基づき、総理が最高指揮官として自衛隊の指揮を取る。そして、武力攻撃事態対処法により、対処するための方針を策定する(武力攻撃事態対処法9条・10条など)。
また、国民保護法により、国民の生命・身体・財産の保護にあたる(国民保護法1条)。
都道府県知事は医薬品、食品、寝具など救援に必要な物資の生産業者や運送業者に売り渡しを要求し、要請に応じない場合は収用することもできる(国民保護法81条)。生活関連物資の買占めや売惜しみには措置を講じる(国民保護法129条)。
※「国民保護法」とは、災害ではなく、武力攻撃を受けたときを想定したものである。


こうして見ると、非常時の法律の多くは、総理の指示によって動き出すようになっていることがわかる。総理が死んでしまったら、どうもこうもない。

総理の死については、内閣法9条に「内閣総理大臣に事故のあるとき、または内閣総理大臣が欠けたときは、そのあらかじめ指定する国務大臣が、臨時に、内閣総理大臣の職務を行う」と書かれている。
ただし、日本国憲法70条に「内閣総理大臣が欠けたとき、または衆議院議員総選挙の後に初めて国会の召集があったときは、内閣は総辞職をしなければならない。」とあるので、臨時代理は次の内閣までの「つなぎ」ということになる。

事例がある。
2000年4月2日、小渕恵三首相が脳梗塞で倒れて入院した。小渕氏は青木幹雄官房長官に「検査結果次第では臨時代理の任に当たるように」と指示していたとされ(密室会議なので真偽は不明)、翌3日の朝、青木官房長官が首相の臨時代理に就任した。そして、内閣総辞職を発表し、4月5日に森喜朗内閣が発足した。
しかし、暗殺や交通事故のような不慮の死では、死ぬ間際に臨時代理を指示するのは無理だろう。それでも平時であれば、そうひどいことにはならないかもしれない。

問題は有事の際に総理が死亡し、臨時代理も決まっていない場合である。自衛隊を指揮する最高責任者が不在となる。
総理が死んでも防衛大臣がいるが、自衛隊の最高の指揮監督権を持っているのは総理(自衛隊法7条)である。防衛大臣に、自衛隊を指揮する権限はあるのだろうか?
もしかしたら、自衛隊は被災地へ人命救助に行くことさえ、できないのだろうか?

まず、災害に関しては、防衛大臣は都道府県知事の要請を受けて、あるいは要請を待ついとまがないときは要請を待たず自衛隊の部隊を派遣できることが、自衛隊法で規定されている(自衛隊法83条)。ゆえに人命救助やがれきの撤去などは、行うことができる。

では、外国から武力攻撃を受けた場合は、どうだろうか? 自衛隊法には、次のようにある。

防衛大臣は、事態が緊迫し、前条第一項の規定による防衛出動命令が発せられることが予測される場合において、これに対処するため必要があると認めるときは、内閣総理大臣の承認を得て、自衛隊の全部又は一部に対し出動待機命令を発することができる。(自衛隊法77条)。
※前条第一項とは、「我が国に対する外部からの武力攻撃が発生した事態、または我が国に対する外部からの武力攻撃が発生する明白な危険が切迫していると認められるに至った事態」を指す。

ミサイルを迎撃するにも、「内閣総理大臣の承認」が要る。ただし、総理の承認を得るいとまがなく弾道ミサイル等が飛来する緊急の場合は、自衛隊に対して迎撃などの命令を出すことができる(自衛隊法82条の3)。軍事に関して防衛大臣が独自の判断で動けるのは、これくらいである。
つまり、総理が死んだら、防衛大臣が生きていても、自衛隊はほとんど動けない。

小渕首相逝去後、内閣総理大臣臨時代理を5位まで指定するのが慣例となっているが、ミサイル攻撃や首都直下型地震では全滅する怖れもないとは言えないし、「慣例」では守る・守らないは政権の任意ということになってしまう。

もうひとつ大きな問題がある。天皇の存在だ。大規模災害や武力攻撃の場合、天皇も亡くなってしまったり、意識不明の重体となってしまったりするケースが想定される。
日本国憲法6条には、「天皇は、国会の指名に基いて、内閣総理大臣を任命する」と書かれている。つまり、国会で次の総理を選んでも、天皇による任命を受けないと、総理はその任務につくことができない。日本の政治は凍結してしまうのだ。


憲法学者の西修氏によれば、1990年以降に制定された100を超える国の憲法には緊急事態条項が入っているという。また、ドイツの憲法は戦後、日本と同様、非常大権なしで始まったが、あとから入れている。

また、アメリカには大統領権限継承法という法律があり、大統領が死亡または職務遂行不能になった場合は副大統領に、その次は下院議長、上院議長、国務長官、財務長官、国防長官、司法長官、内務長官…といった具合に十数位まで指揮権の継承順位が決められている。
危機に備える姿勢は、見習うべきだと思う。

多くの国で、緊急事態条項や非常大権を法律ではなく憲法に入れているのは、一般の法律とは次元の違う重大事項であり、憲法で扱うのが自然だからであろう。また、法律だと、政権の都合に合わせて、容易に改正されてしまう怖れもある。


ミサイル1発で東京の広範囲が壊滅することはあり得るし、首都直下型地震や南海トラフ地震は東日本大震災をはるかに超えた激甚なものになる怖れも指摘されている。
現在の憲法の規定では、衆議院も参議院も議員総数の3分の1以上の出席がないと開けないが、せめて非常の際には出席できる議員(生き残った議員)で国会を開くことができるようにするなどの条項を盛り込んでおくべきではないだろうか?

日本人には明らかに予想できる問題から目をそむけ、「問題は起きない」と考えたがる傾向がある。
しかし、現実には問題は起きる。例えば、東日本大震災の前から東京電力では「津波が来たら危ない」と認識していたが、「まあ、あとにするか…」ということで、何もやっていなかった。あれと同じだ。

緊急事態条項や非常大権には、人権の制限や独裁政治につながる危険な面もある。しかし、設けなければ危機に備えることはできない。いざというとき、社会秩序を維持・回復しようとすれば、憲法も法律も無視して動くしかなくなる。ヤクザや犯罪者に「法律を無視して、どこが悪い。国は守っていないじゃないか」と言われたら、もはや自分にレジテマシー(正統性)はないから、取り締まりもできない。
独裁制を警戒して何もしないのが、一番破滅的な結果をもたらすのである。だからこそ、諸外国では議論を尽くして、憲法に記載しているのだ。

緊急事態条項や非常大権に反対する人は、憲法の精神を理解していない。
憲法改正の気運も、いくらか盛り上がってきた。危機のときについて、そろそろ議論を始めてもよい頃だろうと思う。

<注記>
本文中の法律の条文の中には、文章の流れに合わせる必要から多少噛み砕いたり、言葉を補足してわかりやすくしてあるものがある(例:内閣総理大臣→総理)。何かの参考にされる場合は、原文にあたってほしい。
日本国憲法
災害対策基本法
原子力災害対策特別措置法
警察法
自衛隊法
武力攻撃事態対処法
国民保護法

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【著者】
広沢 大之助

出版業界でおもに社会科の本の編集にかかわってきました。全国の中学校の授業で使う公民・地理・歴史の資料集や参考書、その他多くの書籍をつくっています。
「国民のための社会科」では、眼光紙背の精神で、政治経済・社会問題・産業などについて、くわしく、わかりやすく解説していきたいと思っています。
プロフィール

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