国民のための社会科

日本の政治・経済・社会

「日本国民はアジアの東、太平洋と日本海の波洗う美しい島々に」 〜中曽根康弘元総理の日本国憲法前文を、ぜひ新憲法へ!

2017年9月27日

憲法改正と言うと、第9条にばかり人の意識は向かいがちだが、それぞれの条文も重要である。今回は前文に目を向けてみよう。憲法の理念をうたう、重要なものであるからだ。
というのも、現在の日本国憲法の前文は、出来があまりよくない。全体的にゴタゴタした印象で、とくに「日本国民は(中略)、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」という一節は、ひどいシロモノだ。ミサイル発射を繰り返す北朝鮮や、尖閣・沖縄を狙う中国の「公正と信義」を信じる者が、どこにいるだろうか?
読みにくい文章だが、参考までに掲載する。

【現在の日本国憲法の前文】

 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

この前文に対しては、「信用できない国を信用するのはおかしい」というほかにも、「無国籍で、どこの国の憲法なのか、わからない」という批判も多く、自民党の中曽根康弘元首相が委員長を務める新憲法起草委員会の「前文」小委員会が、2005年に次のような案を示した。
虚心坦懐に、素直な心で読んでみて頂きたい。

【中曽根康弘元首相による日本国憲法前文の原案】

黒潮洗う城ヶ島安房崎灯台 日本国民はアジアの東、太平洋と日本海の波洗う美しい島々に、天皇を国民統合の象徴として戴き、和を尊び、多様な思想や生活信条をおおらかに認め合いつつ、独自の伝統と文化を作り伝え多くの試練を乗り越えて発展してきた。

 日本国は国民が主権を持つ民主主義国家であり、国政は国民の信任に基づき国民の代表が担当し、その成果は国民が受ける。

 日本国は自由、民主、人権、平和、国際協調を国の基本として堅持し、国を愛する国民の努力によって国の独立を守る。

 日本国民は正義と秩序による国際平和を誠実に願い、他国と共にその実現の為(ため)協力し合う。国際社会に於(お)いて圧制や人権の不法な侵害を絶滅させる為の不断の努力を行う。

 日本国民は自由と共に公正で活力ある社会の発展と国民福祉の充実をはかり教育の振興と文化の創造と地方自治の発展を重視する。自然との共生を信条に豊かな地球環境を護るため力を尽くす。

 日本国民は大日本帝国憲法及び日本国憲法の果たした歴史的意味を深く認識し現在の国民とその子孫が世界の諸国民と共に更に正義と平和と繁栄の時代を内外に創ることを願い、日本国の根本規範として自ら日本国民の名に於いて、この憲法を制定する。

私がこの前文の存在を知ったのは、中西輝政氏(京都大学名誉教授)の『日本人として知っておきたい外交の授業』(PHP文庫 p.75)によるが、なんと格調高く、美しい文章だと思わないだろうか?
日本の地政学的特徴を端的に捉え、誇りを持って国を守ってきた歴史を述べている。そして、世界での役割を果たし、理想と現実のバランスを取りながら、未来へ向かっていく日本の姿を記している。
天皇の存在を現行の憲法と同じく「象徴」として無難に記している点も、左右への配慮が行き届いている。
中曽根元総理には、将来の日本が進んでいくべき道がクリアに視えているようだ。

しかし、この中曽根草案は、小泉純一郎首相や起草委員長の森喜朗元首相、舛添要一事務局次長ら(役職はすべて当時)の判断で、大幅に削除・変更された。
その事情については、2005年11月23日の読売新聞に、舛添要一氏へのインタビューが掲載されている。舛添氏の回答を緑色で、その記事に対する私の考えを黒色で記してみる。

(舛添)理由の第一は、地理的環境や気候・風土に基づいて日本人の国民性が決まるというような議論は、社会科学的に言って不当だからだ。気候が温和だから、日本人は温和なのか。日本人にも、凶悪殺人犯はいる。サウジアラビアは、砂漠に囲まれ、厳しい気候だが、だからといって、気性が荒く、戦いを好む国民といえるのか。

(私)社会学の巨人マックス・ウェーバーは、たとえば『古代ユダヤ教』において、古代パレスチナの地は先進的文化の中心地であったバビロンとナイル川デルタの影響に絶えずさらされ、文化的接触の頻度が高かったことから、合理主義的思考が発達していった過程を論証している。
また、人文科学に属するが、哲学者の和辻哲郎は『風土』で、国民性というものは地理的環境や気候・風土の影響を強く受けることを述べている。
「社会科学的に言って不当」とは、舛添氏らしい浅はかな考えだと思う(そもそも、ここで社会科学を持ち出す必要はない)。

(舛添)第二に、「美しい島々」などの情緒的な表現や、何が美しく何が汚いかという人によって異なる価値観を、憲法に盛り込むべきではない。外国にも美しい島々はある。

(私)「美しい島々」は世界中にあるだろうが、それらの島国のすべてが自国を憲法で「美しい島」と呼んでも、何ら差し支えはない。国それぞれ、誇りを持って憲法で自国の風土・環境を語ればよい。
また、産経新聞の記事によると、舛添氏は「じゃあ東シナ海やオホーツク海はどうなる?」とも語っている。(産経新聞 2012.04.03「永田町発 憲法の焦点」(2)前文編 参院議員・舛添要一氏)
この場合、「太平洋と日本海」は日本列島を取り巻く海の代表、あるいは象徴としたものであろう。そんなことを言えば、瀬戸内海や有明海まで記さねばならなくなってしまう。こういう人を、世の中では「馬鹿」と呼ぶのである。
「日本国民はアジアの東、太平洋と日本海の波洗う美しい島々に」というフレーズは、遥かな海を越えて渡ってきた人々によって日本民族が形成された歴史を踏まえた、これ以上ない美しい表現だと思う。

(舛添)第三に、憲法に個人の歴史的解釈を入れてはいけない。「和を尊び」は、中曽根元首相の歴史観だ。だが、日本の歴史は、和を尊ばずに、争い続けた歴史とみる見方もある。大化の改新、関ヶ原の戦い、明治維新、そして郵政民営化の実現を目指して小泉首相が踏み切った今回の衆院選は、殺し合いこそなかったものの、まさに戦いだった。現職の自民党総裁が違憲になりかねないような表現を、自民党の草案に採用することは絶対にできない。

(私)読売新聞の記事によると、当時の小泉元首相の政治手法が和を尊ばないものだったので、それとの矛盾を避けたのだと言う。本当だとすると、さすがに本末転倒だ。
憲法は国の理想を語るものである。どの国にも戦いの歴史はあるが、それをことさら採り上げる必要はない。聖徳太子の「十七条の憲法」の「和を以て貴しとなす」の思想を取り入れるのは、「憲法」の概念は今日とは同じではないにせよ、よくも悪くも日本人の真心を踏まえており、実に適切ではないか?

(舛添)世界各国の憲法前文を調べたが、歴史論や風土論を憲法前文に入れているのは、中国共産党(政権の作った)憲法や旧ソ連憲法など一部だけだ。そういう憲法のまねをするのか。
国民主権や基本的人権の尊重などの原則は、フランス革命以来の長い歴史の上に立っている。憲法には、そうした普遍的な価値こそを書くべきだ。(中略)
無駄をそぎ落とし、必要な要素だけで簡潔にしなければ、異なった主観を持つ層からも賛成を得るようなものにならない。
今回の草案は、憲法改正を実現するための高度の政治判断だ。

(私)「高度の政治判断」とは、思えない。むしろ身の周りのことしか見えない政治屋(政治家ではない)による姑息な判断だと思う。
他国に前例があるかどうかは、どうでもよい話であろう。それに、国はフランス革命以来の人権思想だけで立っているものではない。
アメリカのように歴史が浅い国は別として、現実の国々は日本に限らず長い歴史を背負っていることを忘れてはならない。忘れたら、国はポッキリと折れてしまうだろう。
(舛添氏の回答は、読売新聞 2005.11.23 15頁「自民新憲法草案・前文論争 舛添氏、中曽根氏に聞く」による。)

【コラム】海に手紙を流したら、どこかに届くのか?

メッセージボトルマンガやアニメには、時々、無人島に流れ着いた人が救助を求める手紙を書いて、海に流すシーンが出てくる。海に流した手紙は、本当にどこかにたどり着くのだろうか?

私は、映画プロデューサーの小林一平氏が主宰する「黒潮物語 元気な子の会」が行なっていた、海に手紙を流す活動を取材させて頂いたことがある。
小学生や中学生が手紙を書き、海上保安庁などの船で沖へ出て、イルカなどが飲み込まないよう配慮を施したボトルに詰めて海に流す。海岸から流してもよいのだが、戻ってきてしまうことも多いので、できれば沖へ出るのが望ましい。
いくつかのボトルを海に投げ入れると、最初は固まって浮いているが、やがて散っていく。そして、海流に乗って、どこかへ運ばれていく。
何ヶ月か何年かして、どこかにボトルが流れ着き、拾われることがある。沖縄県や高知県や神奈川県から流したボトルが東北や北海道に流れ着いたこともあるし、大海原を越えて、フィリピン、台湾、ハワイ、アラスカなどで拾われたこともある。

手紙を書く子どもたち拾った人が興味を持って語学学校や役所などに連絡し、「日本から来た」とわかって連絡をくれると、子どもたちは大喜びである。拾った人だって、うれしい。わざわざ外国から、日本の小中学校を訪れた人たちもいた。
もちろん、必ずしも拾われるわけではない。しかし、「自分たちの書いた手紙が、どこかへ届く」と思いを馳せることに意味があった。
残念ながら、この活動は小林氏が亡くなって途切れてしまったが、子どもたちの心の中には、遥かな海を越えるコミュニケーションの尺度が生まれたはずである。それは、彼らを生涯、深いところで支え続けるだろう。
中曽根元総理の「太平洋と日本海の波洗う美しい島々に」というフレーズを読むと、私は手紙を海に流すこの活動を思い出す。


では、結果的に自民党草案はどうなったのかを見てみよう。

【自民党 日本国憲法改正草案 前文】

 日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴く国家であって、国民主権の下、立法、行政及び司法の三権分立に基づいて統治される。
 我が国は、先の大戦における荒廃や幾多の大災害を乗り越えて発展し、今や国際社会において重要な地位を占めており、平和主義の下、諸外国との友好関係を増進し、世界の平和と繁栄に貢献する。
 日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を尊重するとともに、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。
 我々は、自由と規律を重んじ、美しい国土と自然環境を守りつつ、教育や科学技術を振興し、活力ある経済活動を通じて国を成長させる。
 日本国民は、良き伝統と我々の国家を末長く子孫に継承するため、ここに、この憲法を制定する。

この草案を読んだ中曽根元総理は、「国柄や子孫に伝えていくべき考え方が完全に抜け、政党官僚の作文になった」と怒ったそうである。(産経新聞 2005.10.29 自民新憲法草案 中曽根案バッサリ 「官僚の作文」と反論)

それは怒るだろう。中学校の社会科ではあるまいし、数ある項目の中で三権分立を前文で強調する必要はない。また、「今や国際社会において重要な地位を占めており」とか「教育や科学技術を振興し、活力ある経済活動を通じて国を成長させる」など、まるで役人のレポートのようだ。

憲法は国民生活の間にじんわりと浸透していく。すぐれた憲法は未来を開くが、誤れば未来を翳らせてしまう。
中西輝政氏は「現在の憲法はあまりにも無国籍で、日本人の精神的漂流の元凶となっている」と説く。私もそう思う。

子どもにもわかる平易な美しい日本語で、日本の地政学的特徴と歴史を踏まえ、未来への展望を見事に描いた中曽根草案を再考慮することを提言したい。
そうすれば、日本人の精神的漂流も止むであろう。

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著者 著者

【著者】
広沢 大之助

出版業界でおもに社会科の本の編集にかかわってきました。全国の中学校の授業で使う公民・地理・歴史の資料集や参考書、その他多くの書籍をつくっています。
「国民のための社会科」では、眼光紙背の精神で、政治経済・社会問題・産業などについて、くわしく、わかりやすく解説していきたいと思っています。
プロフィール

【日本の政治・経済・社会】

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