国民のための社会科

日本の政治・経済・社会

福田有恒の「1匹と99匹」から考える、左派の本質と改革

2017年9月20日

民進党の新代表に、今月、前原誠司氏が就任した。しかし、離党者が続き、散々な状況となっている。
前原氏は共産党との選挙協力を止めることや、憲法改正の議論に積極的に参加することなどを主張しており、誠実に努力をすれば息を吹き返す可能性もあるが、次の総選挙でもっと追い込まれる可能性もある。

民進党の起死回生策については、民進党が起死回生のために外してはならない「憲法改正」に書いたように、国民の潜在的ニーズが高く、かつ自民党がロクでもない案を出している「憲法改正」で、ひとつひとつ条文を正し、脇役としての存在感を高めるのが最もよい道であったが、遅きに失したかもしれない。

とにかく民進党は、国政を混乱させ過ぎた。
北朝鮮がミサイル発射や核実験を繰り返しているのに、共産党といっしょに安保関連法の白紙撤回を主張するようでは、「いない方がよい政党」と言われるのは、当然だろう。

それにしても民進党はなぜこのような体たらくに至ったのだろうか? 国際政治から安全保障を考える視点がないというのも一因だが、私は本質的には左派の限界が露呈されたのだと考えている(民進党には右派も中道派もいて、つまり寄り合い所帯なのだが、全体としては左派と言ってよいだろう)。


人はなぜ左派になるのだろう? 私は大筋で3つの理由があると考えている。

1つ目は、社会的弱者への共感である。
政治はどうしても多数派を中心に、ものごとを考えざるを得ない。しかし、現実には少数派に属する弱い人、貧しい人が存在する。社会保障が整備されていなかった昔は、もっとひどかった。
そのため、小林多喜二のように弱者のために活動を続けて、特高に逮捕されて殺されたり、マルクス主義者となって革命をめざす人がいた。今も弱者を助けることを、自己のテーマとする活動家は多い。

2つ目は、体制への反発である。
これはジャイアンツファンに対するタイガースファンのようなもので、人間の基本的な心性でもあろう。日本には軍部が暴走し、負けているのに「勝っている」と宣伝して国民をいつわった歴史もあり、政権与党を疑いの目で見るのは、そう不自然なことではない。
ただし、「国はウソをつく」と決めつけてしまうのも困ったものである。体制側が自分に都合が悪いことを隠すのはあるだろうが、それを必要以上に拡大してはいけない。
アナロジカルに言えば、病人の中には「医者は製薬会社と結びついて、儲けようとしている」などと言って、治療を拒む人がいる。確かに医師は収益のために薬を出す。しかし、それ以上に真っ当な努力をしている。それを忘れて薬を飲まなかったり、怪しげな治療法に走ったりしたら、治る病気も治らない。

3つ目は、おつき合いやゴマスリである。
戦後の日本では、憲法学界に顕著なように、左派に傾く学者が多かった。そのため後続する学者たちの多くは、保身や出世のために左派になっていった。学校の教師も全共闘世代に左派が多く、その影響であとの世代の多くが左派になった。
「軍隊をなくせば平和になる」と言うのは、「警察をなくせば犯罪はなくなる」とか、「防犯カメラをはずせば万引きはなくなる」と言うのと同じで、余程の馬鹿でない限り、ウソだとわかるはずである。それなのに、周囲へのおつき合いやゴマスリで話を合わせて、「軍隊を持たないのが、人類の理想だ」などと言う。
彼らは理想主義者ではなく、姑息な現実主義者である。

2つ目と3つ目については、これ以上、言うことはあるまい。今回のテーマは1つ目である。


社会的弱者にシンパシーを持つ左派は、基本的に善意の人であろう。しかし、現実には左派は与党の足を引っ張るだけになることが多い。

たとえば、今年の5月にテロ等準備罪法 (組織犯罪処罰法改正)が成立した。この法律は、その名の通り、テロを未然に防止するためのものである。そのためには国際的な協力が欠かせないので、各国は国際組織犯罪防止条約を締結して連携している。主要国で入っていないのは、日本くらいのものであった。
条約を締結するには、まず国内法を整備する必要がある。とくに2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、法整備は急務だった。
この法律では、一般国民は対象にならない。にもかかわらず、民進党は共産党とともに「共謀罪」というレッテルを貼り、一般国民が監視対象になるかのような印象操作を続けた。「いない方がよい政党」と言われるゆえんである。


左派が与党となった場合は、ソ連や中国などで見られたように、必ず独裁的な恐怖政治を敷く。学生運動がさかんな時代には、左派同士での内ゲバも多かった。立花隆氏の『中核 vs 革マル』には、その狂気の様子がリアルに描かれている。

私は全共闘世代よりずっとあとの平和な時代に学生生活を送ったが、まだ学内に左派は残っていた。内ゲバで血を流して倒れている学生を見たこともあるし、学園祭の準備で左派の学生たちと接したこともある。そして、理屈でやりこめたら、そのときは感心して聞いていたが、数日後には「広沢はダメだ」と広まっていたのだった。
どうせ末端の兵隊クラスであったろうが、左派の異常さに触れた気がした。

真っ当な人間が左派に勧誘され、「オルグ」とか何とか言い出す頃には、目的のためには手段を選ばない、人の命も何とも思わない狂気に、身も心も乗っ取られてしまう。これはどこから来るのだろう? マルクスやレーニンを読んだのは高校時代、黒田寛一や鶴見俊輔を読んだのは大学時代で記憶は遠いのだが、マルクス主義の根底には、人間の精神の奥に潜んでいる暗い狂気を呼び起こす、人間不信や人間憎悪があると考えている。

たとえば左派は資本家を「悪」と決めつける。たしかに企業は、きれい事だけでは動いていない。給与のごまかしも少なくないし、ブラックな企業もある。
しかし、世の社長の多くは責任を持って従業員とその家族の生活を背負い、利益を出そうと奮闘しているではないか? もっと心を広くして、愛を持って社会を見よう。


人間不信や人間憎悪のほかに、もうひとつ言えることがある。それは左派の考えの根底には「人間のすべてを救うことができる」とか「完璧な社会をつくることができる」という完全指向が感じられることだ。

左派の多くは、政治家でも法律家でもその他の市民運動家でも、社会的弱者へのシンパシーや体制への反発に基づいて活動を始める。それは悪いことではないが、やはり社会的弱者を主体にしては政治は立ち行かない。 また、与党の政策において重要な部分を評価しないのでは、「医師は製薬会社と結びついているから、薬は飲まない」と言う人たちと同じことになってしまう。

かつて福田有恒は『一匹と九十九匹と』の中で、「99匹の人間を救うのが政治であり、そこからこぼれ落ちてしまう1匹を救うのが文学である」と書いた。
この論の要点は、政治を否定しているのではなく、政治を万能と見なす考え方に「否」を言っている点にある。福田有恒は文学者だから「文学」と書いたが、これが「美術」になっても、「音楽」になっても同じことだ。

よい政治家は、1匹を救い残してしまう政治の限界を知りつつ、現実を見据えて99匹のために闘う。一方、左派の多くは1匹を救えると信じて活動を行い、視野の狭い論理で自分自身を縛り、狂気を露わにして、1匹を救うために99匹を犠牲にしてしまう。
テロ等準備罪法案に「共謀罪」というレッテルを貼って、一般国民が監視対象になるような印象操作を続けたのは、それに類する。99匹の国民がテロの犠牲になってよいわけがない。

左派は、「政治は100匹全部を救うべきである」と考えているのであろう。しかし、世界には永遠に解決不可能な問題も存在する。
解決不可能なことを解決可能と信じるのは、現実認識力の不足を示している。それは、「心のゆとりがない」とか「社会人としての常識に欠ける」といった形で表に現れる。
マルクス主義の根底に流れる人間不信や人間憎悪と、国民の安全のために必要な法案の成立を、ウソをついてまで妨害する左派の異常性の根は、おそらく同じなのである。

左翼の論理力は、かなり高い。人間を信じていないから、隙もない。しかし、とにかく狭い。
「資本主義が終わったときに共産主義による社会が到来する」と考えるマルクスの考えは資本主義を「悪」だと決めつけているし、「国は労働者を搾取するものだから、労働者が国家を倒せば、国家はなくなって労働者の社会となる」と考えるレーニンの考えは国家を「悪」と決めつけている。
しかし、資本主義社会の方が資本主義でない社会よりはシステムとして優れているし、レーニン時代のロシアでは国家が農奴などを搾取したかもしれないが、今では国民を守る国家の方が普通だろう。

左派と論戦をするときには、ごく常識的で人間的な、責任ある社会人としての視点を保持することが大切である。かつて吉本隆明が左派の論客たちをバッタバッタと斬って捨てたのも、ここに鍵があった。
憲法や集団的自衛権の問題も、「責任ある社会人は、どうあるべきか?」を柱にすれば、見るべきものが見えてくる。アメリカが日本のために北朝鮮や中国と戦っているときに、武器や食料の補給も手伝わないなんて、無責任にも程があるだろう。

左派寄りの姿勢を取る人がいてよいとは思うが、真っ当な社会人としての視点をバランスよく持つことを忘れないでほしい。そして、ウソをついて国会を空転させることは止めてほしい。
それができれば、国民の信用を受ける「リベラル左派」として、もしかしたら自民党に対抗する勢力を築いていくことも可能かもしれない。

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著者 著者

【著者】
広沢 大之助

出版業界でおもに社会科の本の編集にかかわってきました。全国の中学校の授業で使う公民・地理・歴史の資料集や参考書、その他多くの書籍をつくっています。
「国民のための社会科」では、眼光紙背の精神で、政治経済・社会問題・産業などについて、くわしく、わかりやすく解説していきたいと思っています。
プロフィール

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