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日本の政治・経済・社会

東京オリンピックのエンブレム問題から見える、ロゴ制作のあり方

2016年05月07日

東京オリンピックのエンブレムがようやく決まった。佐野研二郎氏のパクリ疑惑が浮上して社会問題化したため、再考はやむを得ないことだった。
しかし、新エンブレムについても、グラフィックデザイナーの浅葉克己氏から「なぜ、こんな作品を選んだのか。4作品ともデザインとして低レベル。これなら佐野さんの作品の方がよっぽど良かったと思う」 という意見も上がっている。
我が家でも、デザインと全く関係ない職業の妻が「なんか冴えないわねぇ」などと言っていたくらいだから、この意見に賛成する人は、広告業界や出版業界では少なくないだろうと、私は見ている。
4案のうち選ばれた市松模様案は、外国人にはストレートに伝わらない「無用な装飾」だ。「日本」をアピールするなら平安朝風の方がずっと優れているし、残りの3案は「これはないだろう」というくらいヒドい。高校生の美術展レベルだろう。

ロゴのデザインは難しい。デザイナーというよりは、クリエイティブディレクターとしての目が必要になるからだ。
どんなにデザイナーとしての才能があっても、依頼者の「思想」や「思い」を理解し、そのロゴがどのように使われるかをトータルで見据えていく目がなければ、小手先で形をいじくるだけで終わってしまう。
もっとも、こういうことはわかる人にしかわからない。一般の人の中にはこの種の才能に恵まれた人は少ないので、浅葉氏の真意はほとんど理解されず、非難轟々である。

が、一般の人でもわかる場合もある。
もしあなたが会社を立ち上げ、デザイナーにロゴを依頼したとしよう。そして、デザインが上がってくる。なかなかきれいにまとまっているが、何かが違う……。
それはあなたに見えているものが、デザイナーには見えていないからである。
逆にあなたが会社を立ち上げるにあたって、意思や目的がブレている場合、ロゴもどこかおかしなものになるだろう。
東京オリンピックのエンブレムも右往左往したため、ブレてしまった。何となく、おわかりだろうか?

こういうことはプロの世界の話なので、選考はTCC賞(東京コピーライターズクラブ賞)の選考委員クラスのクリエイターがあたるべきだった。と言うか、国家的事業なのだから、最優秀の人材で共同チームをつくってもよかった。「あーだ、こーだ」という会話から、よいアイデアは生まれるからである。

まあ、決まってしまったものは仕方あるまい。これで盛り上げていくしかないだろう。


なぜ、このようなことを考えたのかと言うと、私もある会社の立ち上げにあたってロゴづくりを頼まれ、苦労した経験があるからである。
その頃、私はクラウドソーシングを代表するランサーズとクラウドワークスの2社を取材し、コンペで依頼すればたくさんの案が集まることを知って、興味を感じていた。クラウドソーシングとは、仕事を頼みたい人と仕事を探している人を結びつけるマッチングサイトである。
そのため、このシステムを利用することも検討したのだが、クオリティに不安が残る。
こう言ってはナンだが、Aクラスのクリエイターは、あまりこういうサイトにはいないような気がする。いや、こういうシステムも無視できない社会となっているので一応登録するかもしれないが、リアルでどんどん仕事が来る人は、依頼を出しても見ないような気がする。

そんなわけで、迷った末、仕事でつき合いのあるデザイナーの中から、「求めているものに作風が近いかな?」という人を選んで依頼した。小学館の仕事で何度も組んだことのある人で、デザイナーとしては水準に乗っている。

しかし、これが失敗でどうもピンとこない。結局、自分でイラストレーター(ソフト)を使って描いてしまった。
私は編集者であり、素人デザインだからうまくはないが、方向性を示すことくらいはできる。依頼者とデザイナーの仲立ちをして、何度も叩き直してもらい、何とか形にした。到底、お金に見合わない作業となった。


ロゴ制作を依頼する場合、どういう点に気をつければよいだろうか?
本当の意味でのロゴをつくることができる人材が、そのへんにゴロゴロいるわけがない。クオリティを期待するなら、名前が通った広告代理店か広告制作会社に頼むのが無難だろう。TCCの『コピー年鑑』などを見て、広告制作会社やクリエイターを探すのもよいだろう。依頼方式は、できれば、コンペがよい。
また、私自身は使わなかったが、クラウドソーシングも「あり」かもしれない。「群衆の知恵」を活用することで、秀作や予想もしなかった発想の佳作が上がってくる可能性も、ないことはない。
気に入ったものがなかった場合、価格の何割かを支払って、「該当作なし」と発表すれば済むから気が楽だ。

また、模倣に対して過敏になり過ぎないことも大切だと、私は考えている。
佐野氏の作品にはバッグのデザインなど、「そのまんま」の未熟なパクリが多かった。それは確かによくない。

しかし、一方では模倣は創造の母であることも忘れてはならない。模倣が剽窃で終わるか、模倣をベースにさらに上のレベルへ上がっていくかは紙一重だが、コピペを絶対にダメとするのも文化の衰退につながるように思うし、模倣の意義を理解していないように思う。
学者になるには、先達の本を山のように読んでひとつひとつ消化していくのが王道であるし、文芸やアートも模倣から始まる。
そうやって、足腰を鍛えるのだ。
自分ひとりの創造性など、たかが知れている。憲法9条はアメリカ独立宣言やケロッグ=ブリアン条約のパクリだし、黒澤明の「七人の侍」をアメリカでリメイクして「荒野の7人」が制作された。文化を踏襲していくのも大切なのだから、デザイナーには、「真似は絶対ダメ」というようなプレッシャーを与えないほうがよい。

<注>低レベルのコピペを推奨しているわけではない。ある出版社から原稿依頼が来て調べていたら、その出版社の本を丸パクリしてテキトーに改竄しているサイトを見つけ、担当者に報せたこともある。
運営者名を記載せず、who isを隠しても、運営者を特定する方法はある。

真似をするにも才能が要る。才能がないと何を真似すればよいのかがわからないし、学び取ることもできない。
佐野氏は何を真似すればよいのかがわかる分、才能はあったと言えるが、そこで終わってしまった。
佐野氏のエンブレムも、もう一段たたき上げればよかった。探して得たアイデアを十分に消化して、もっと上のレベルへ昇華していくべきだったと思う。

最後にひとつ、もしもロゴづくりを依頼する立場に立った場合、非常に重要なことがひとつある。それは、すべての責任は自分が負うということである。問題が起きたときに制作者のせいにするようでは情けない。
きちんとしたディレクションは、ロゴに限らず、自分が全責任を負う覚悟があって初めてできる。
自分が考えていることや思いを正確にコミュニケートし、デザインがそれを体現しているかどうかを判断し、不足している場合はそれもきちんと伝えていくこと。それがよいロゴをつくるための唯一の道である。

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著者 著者

【著者】
広沢 大之助

出版業界でおもに社会科の本の編集にかかわってきました。全国の中学校の授業で使う公民・地理・歴史の資料集や参考書、その他多くの書籍をつくっています。
「国民のための社会科」では、眼光紙背の精神で、政治経済・社会問題・産業などについて、くわしく、わかりやすく解説していきたいと思っています。
プロフィール

【日本の政治・経済・社会】

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