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日本の政治・経済・社会

幼保一体化は、厚生官僚の利権を守るだけの無意味な政策

2011年05月06日

「似て非なるもの」という表現がある。外見は似ているが、中身は全然違うというものを指す。
スーパーとコンビニ、理髪店と美容院、恋愛と結婚、レタスとキャベツ、シイタケとツキヨタケ…。レタスとキャベツを間違えても致命的なことはないが、シイタケとツキヨタケ、恋愛と結婚などを間違えると大変である。

幼稚園と保育所(保育園)も「似て非なるもの」のひとつである。
幼稚園は文部科学省の管轄で「教育」を主たる目的としており、通常、3歳児〜5歳児を対象として9時から昼過ぎくらいまで預かる。英語を教えたり、園内で動物を飼って情操教育に取り入れたり、スポーツや料理を行うなど、授業に独自な工夫を凝らす園も多い。
一方、保育所は厚生労働省の管轄で、共働きの両親に代わって保育を行うことを主たる業務としている。保育所は、幼児にとって「生活の場」である。
とは言え、この年齢の子どもは、まだ遊びを通じて言葉や数の基礎をつくっていく段階であり、幼稚園と保育所の役割はそれほど違わないと考えても的外れではないだろう。独自教育に誇りを持っている幼稚園からは反撥を受けるかもしれないが。


近年、共働きの家庭では、子どもを保育所に入れたくても入れられない状況となっている。待機児童の数は、潜在的には約80万人もいると推定されている。その一方で、少子化の影響により、多くの幼稚園が定員割れを起こしている。
そのため、幼保を一体化しようという考えは、なかなかのグッドアイデアに見える。かつて、自民党も「幼保一元化」として取り組んでいた。そして、自民党・公明党が連立政権を組んでいた2006年に、幼稚園と保育所の両方の性格を合わせ持つ認定こども園をスタートさせたが、私学助成は幼稚園部分、保育所運営費は保育所部分にしか使えず、手続きも煩雑なため、あまり普及しなかった。

幼保一体化が困難なのには、いくつか理由がある。
政治的な面で言えば、厚生労働省からの天下り先で「保育三団体」と呼ばれる全国私立保育所連盟、全国保育協議会、日本保育協会と、族議員の強硬な抵抗に合う、といったこともある。
同様の団体は、幼稚園側にも全国国公立幼稚園長会や全日本私立幼稚園連合会があり、強硬に反撥している。

しかし、本当に難しい理由は、幼保を一体化するためには、幼稚園側に多大な努力が求められることだ。
待機児童の約8割は、0歳児〜2歳児に集中している。その子どもたちを預かるための建物や部屋を新たに確保し、保育士を何人も雇い、給食を提供するために給食調理室を設けて調理員を何名も雇い、夜遅く帰宅する親のために延長保育の要員まで配置しなければならないのだから、そう簡単にできることではない。敷地面積から言って、実行不可能な幼稚園もあるだろう。

にもかかわらず、民主党は、幼保一体化を2009年の衆院選のマニフェストに掲げ、鳩山総理も菅総理も改革を急いだ。それは、人口の多い1971〜74年生まれの団塊ジュニアの世代が30代半ばとなっており、出産の年齢を考えると、少子化対策の最後のチャンスだからだ。ここで歯止めすることができないと、人口減少はますます進み、年金や医療保険制度などの社会保障のしくみが根幹から崩れてしまう怖れがある。

これほどの大改革である。よほど心してかからなければならない。
それなのに、菅総理は信じられない方策を取った。改革を厚生労働省に丸投げしたのだ。改革を、管轄する当の省庁に任せるとは、何とあきれた話だろう。
結果はだれでも予想がつくと思うが、厚生労働省に思い切り利用され、いいようにやられてしまった。


厚生労働省や保育三団体が最も嫌ったのは、株式会社やNPOがこども園に参入することにより、自分たちがコントロールできないこども園が増えることである。利権が減ることを意味するからだ。
厚生労働省は、まず、こども園に公定価格を設定することにした。
本来、私学の場合、学費の金額は学園が自由に設定できるはずだ。そこに公定価格を押しつけたのは、幼稚園の経営の自由を奪い、厚生労働省の影響力を強めて、保育三団体の利権を守るためである。

また、改革案にこども園を運営するための特別会計をつくることを盛り込んだ。特別会計とは、国が行う特定の事業や特定の資金を運用するためなどに設けられているものだが、一般会計から繰り込んだお金をどう運用していくか、その流れを見極めることは、非常に難しい。そのため官僚にとっては、おいしい利権の温床となっている。
特別会計にはこども園を運営していくための基盤とする意味もある。具体的には、特別会計から自治体へ交付金を流し、自治体にこども園に関する業務を任せることになる。うがった見方をすれば、面倒な実務は自治体にやらせた上で、自治体を支配し、コントロールしようということである。

2010年11月、厚生労働省は、省が主導するワーキングチームの会合で、幼保一体化の完全実施宣言を出した。幼稚園の業界団体や保護者から、いっせいに反対の声が上がったのは、当然だ。

厚生労働省はこの事態を予測していなかったのだろうか?
それはわからない。もしかしたら、「二面戦略」だったのかもしれない。幼保一体化が成功すれば、利権と影響力を拡大でき、失敗すれば現在のまま利権を享受できる。


結局、政府はすべての幼稚園と保育所をこども園に一本化することを見送り、幼稚園と保育所の存続を認めた。今後はこども園、幼稚園、保育所の3種類の施設が併存するようだ。
この状況は、つまり2006年に自公政権のもとで行って普及しなかった認定保育園制度と同じである。つまり、民主党の改革は何にもならなかったわけだ。

それでも、政府にも面子はあるのだろう。いくらかでもこども園を増やそうと、幼稚園への私学助成と保育所への保育所運営費をやめて「幼保一体給付」に一本化し、こども園に対しては補助金を増額して、幼稚園や保育所がこども園に移るよう、誘導しようとしている。しかし、0歳児〜2歳児の保育は義務づけていない。

まさに絵に描いたような「形だけの改革」だ。これで待機児童を減らせるわけがない。

政府は、何を間違ったのか?
それは幼稚園と保育所は、「似て非なるもの」なのだという認識がなかったことだ。保育所が足りないのなら、幼保一体化などというまわりくどいことをせず、単純に保育所を増やせばよいのである。

認定保育所を創設するにあたっては、高い障壁が設けられている。たとえば、保育事業から得た収益を株主への配当にまわすと、補助金を受けられなくなる。これでは、「株式会社は参入するな」と言っているようなものではないか?

参入障壁を取り払い、規制緩和を進めて、保育所の数を増やすことこそ、政府が本当に取るべき政策だろう。

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著者 著者

【著者】
広沢 大之助

出版業界でおもに社会科の本の編集にかかわってきました。全国の中学校の授業で使う公民・地理・歴史の資料集や参考書、その他多くの書籍をつくっています。
「国民のための社会科」では、眼光紙背の精神で、政治経済・社会問題・産業などについて、くわしく、わかりやすく解説していきたいと思っています。
プロフィール

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