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中東・北アフリカと日本

液状化した中東の要、シリア問題の落としどころを探る

2013年09月10日

シリアは原油の産出国であるが、中東全体の2%に満たない。にもかかわらず、中東の要となっている。それは地政学的条件による。北はトルコを経てヨーロッパ、ロシアに通じ、東は中央アジア、南はアラビア半島、西は地中海に面し、アフリカにも近い。まさに「文明の十字路」であり、古代メソポタミア時代にも大きな町が多かった。
現代のシリアは、友好国のロシアとイランにとっては地中海への出入口となっている。南はイスラエルに接しているため、イランにとってはイスラエルにプレッシャーをかける拠点でもある。また、両国にとってシリアは兵器をたくさん買ってくれる「お客さん」である。
ロシア、イランにとっては、シリアは絶対に手放せない場所なのだ。まずはこのことを頭に入れておかなければならない。

シリアと中東 シリアと中東 シリアと中東

先月、シリアでは政府軍が毒ガス兵器を使用し、多数の死者が出たと報じられた。オバマ大統領は、毒ガス兵器の使用をレッドライン(越えてはならない一線)として警告してきたため、攻撃を加えないと威信にかかわる事態に追い込まれている。
ただ、ゲーム理論的には自分が追い込まれて行動の制約を受ける怖れのある発言をしたことが、理解しにくい。うがった見方だが、軍需産業から戦争を求められて、伏線を引いていた可能性がないとは言えない。ともあれ、警告を発しておいて引いたら、「アメリカはシリア政府のやり方を黙認する」というメッセージを送ってしまうだけではなく、世界のその他の国にも「アメリカは怖れるに足りず」と思われてしまう。そのためオバマ大統領としては、シリアに攻撃を加える必要ができてしまった。

一方、ロシアやイランは戦争を望んではいないと考えられる。もし大きな戦争になれば、シリアを失う公算が高いからだ。なお、今回の話では「オマケ」だが、安保理では中国もシリア攻撃に反対している。これは中東で自由化が進めば、中国に飛び火したり、共産党専横がクローズアップされたりしてしまう怖れがあるからだ。ただし、距離がある分、ワンクッションある。


日本としてはアメリカとは安保条約でつながっているため、アメリカ寄りの姿勢をとらざるを得ない。ただし、今のところ、毒ガスを使用したのが本当にシリア政府軍であったのかどうかという確証がないため、決定的な支持表明には至っていない。
さしあたり、本当に化学兵器が使用されたのかについての国連の調査を待つことになる。万一、毒ガス兵器が使用されていなかったり、使用したのが反政府側だったりしたら、大ポカだ。
一方、「シリア政府が黒」と出れば、化学兵器禁止条約を批准しているロシアや中国に対し、シリアに圧力をかけるよう求めることもできる。ロシアや中国も穏便に済めばその方がよいので、動くはずだ。

気になるのは、シリアに対する攻撃がどの程度の規模になるかということだ。「限定的なものになる」と報道では伝えられているが、小規模なものなら、そもそも攻撃する意味はあまりない。「レッドラインを超えるな!と言ったじゃないか」という、それだけの話である。中東諸国を巻き込む戦争に発展する可能性も低いだろう。ただし、石油の価格が上がる怖れはある。

逆に全面戦争になった場合、最悪のケースではシリアの盟友イランが援軍を送ってくることが考えられる。これまでのところ、大統領のロウハニ師は国連などの経済制裁緩和をめざして対話による解決の姿勢を示しており、参戦する前に外交による解決を探ると思われるが、最高指導者ハメネイ師は好戦的で、民意が反アメリカに傾けば、対話路線が修正される可能性もある。
このときロシアがシリアに武器を供給すれば、代理戦争となる。

イスラエルについては対シリアでは自らが矢面に立たず、アメリカが前面に出てくれることを望むと思うが、レバノンの武装組織でシリア政府と深くかかわるヒズボラとは仇敵の関係にあり、ヒズボラからの攻撃を受ける、または察知すれば軍事行動に出るだろう。おそらく非常の際、行動に出ることはすでにアメリカに伝え、了解も取りつけていると思われる。

冷静に見ていく限り、大規模な中東戦争に発展する可能性は低く、最悪で「限定的なもの」に収まると私は読んでいるが、さて、どうなるだろうか? 何週間かは様子を見なければなるまい。

いずれにせよ、シリアは他国のパワーバランスの間で溶解し、さらに液状化が進んだまま、放置されるのである。

<後記>この記事をアップして半日も経たないうちに、シリアがロシアの説得を受け入れて、化学兵器の廃棄に合意したというニュースがもたらされた。アメリカの軍需産業が残念がる以外は、各国とも「ホッ」としたことだろう。
とはいえ、シリアが放置されることには変わりはない。

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著者 著者

【著者】
広沢 大之助

出版業界でおもに社会科の本の編集にかかわってきました。全国の中学校の授業で使う公民・地理・歴史の資料集や参考書、その他多くの書籍をつくっています。
「国民のための社会科」では、眼光紙背の精神で、政治経済・社会問題・産業などについて、くわしく、わかりやすく解説していきたいと思っています。
プロフィール

【中東・北アフリカと日本】

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